月別アーカイブ: 2017年8月

『最後は孤立して自壊する中国』

石平・村上政俊対談集『最後は孤立して自壊する中国:2017年習近平の中国』(WAC 2016)を読む。
保守系の論壇誌「月刊WiLL」を刊行している出版社の本なので、自民党の安倍総理の大局観を持ち上げる一方、民主党政権の政治的判断やオバマ政権、中国共産党を蔑視するというスタンスで話が展開していく。
しかし、カースト制度に近い身分制社会が蔓延っていたり、全人口の4%ほどの支配階級を守ることを第一義に政治や経済が動いていたりする現実を知ってショックを受けた。

中国では戸籍制度がまだ厳格に残っており、農村に戸籍がありながら農村に職がなく都市部に出てきた人たちは「農民工」と呼ばれ、都市住民に比べ税制や雇用の面で明らかな差別を受けている。現在は建設の現場や輸出産業の工場で吸収されているが、いずれ経済成長が鈍化すると、職も住む場所も帰る場所も失ってしまう。しかもそうした「農民工」が2億6千万人もいるという。中国の歴史は常に、そうした行き場を失った民衆の叛乱による革命の繰り返しだが、著者の二人も中国が内戦状態に陥り、数百万人単位の難民が近隣諸国に流れていくことを懸念している。

また、これまたあまり報道されないが、中国では地方政府の庁舎を襲撃する事件が年間数万件、毎日何百件も発生しているという。そうした下層階級の暴動の鎮圧やチベット人やウイグル人などの少数民族を抑えつける目的で、武装警察が組織されている。「武警」とも呼ばれているが、普通の警察とは全く異質で、外敵と戦う人民解放軍と同じ位置付けで、内なる敵と戦うためだけに組織され、国内の「秩序」を保つために活動している。

著者たちは、そうした中国の内戦や自壊に対し、米国を中心とした包囲網を敷くことを説くのだが、そうした安易な対米追従の考えを一蹴できないほど、インパクトのある事例が紹介されていた。

『〈心配性〉の心理学』

根本橘夫『〈心配性〉の心理学』(講談社現代新書 1996)をパラパラと読む。
新書にしては少々学術的で、心配性の現代的定義に始まり、その症例や原因、分析や克服法まで、丁寧にまとめられている。筆者は不満や劣等感に悩まされることなく、優越心を満たし幸福になるために、次のような能力を身につけることを薦めている。

  1. 他の人の目ではなく、自分自身の目で自分を見て、自分の人生を生きること。自分なりの価値あるものを見つけて、それに打ち込むこと。
  2. 他の人と気軽にうちとけることができ、一緒にいることを楽しめること。
  3. 自然や生活の中に、自分なりの喜びや感動を見いだせること。大部分の人が見過ごしてしまうようなことから、たとえちょっとした喜びや感動でもよい、そんなものを感じとれれば、どんなに豊かな人生になることでしょう。
  4. 他の人に喜びを与えられること。人気があったり、かわいがられる人は、他の人に何らかの喜びや楽しみを与えているから好かれるのです。

東京新聞国際面から

7月下旬から、サウジアラビア東部のアワミヤで、サウジ治安部隊とイスラム教シーア派武装勢力の間で衝突が激化し、数千人の住民が安全な地域に避難する事態になっている。
スンニ派大国のサウジの中で、アワミヤを含む東部カティフ州はシーア派が多数を占め、2011年の民主化運動「アラブの春」以降、散発的にサウジ治安部隊を狙った襲撃事件が続いている。
一方、サウジが軍事介入するイエメン内戦でも、7月下旬にシーア派武装組織フーシ派がサウジ西部に越境し、弾道ミサイルを発射している。サウジはシーア派の背後にイランがいるとみて警戒している。

また、過激派組織「イスラム国」(IS)が系列メディアを通じて、イランに対して新たなテロ攻撃を警告している。報じられたビデオではイスラム教シーア派を背教者と非難し、覆面姿で自動小銃を持った男三人が「イラクやシリアで行うように、テヘランでシーア派の首を切る」と脅している。

さらに、別の記事では、イエメンのアデン湾沖で、ソマリアの密航業者が当局者による摘発を恐れ、同国やエチオピアの移民や難民120人を船から海に突き落とし、非難の声が集まっていると掲載されている。飢餓や貧困に苦しむソマリアなどから、対岸のイエメンに逃れる移民は今年だけで5万5千人に上る。その多くが豊かな湾岸諸国で仕事を探すことを目的としている。

元々砂漠の住民であるベドウィンが自由に遊牧生活をしていた地域に、欧州列強帝国の都合だけで国境を策定したために、今でも内戦や紛争が続いているのである。また、さらにそうした小競り合いを利用する輩がいるために、余計問題を複雑にさせている。スンニ派とシーア派の対立は今後とも続いていくのだろうか。いずれにせよ、石油以外の産業の高度化や、環境や農業での技術的支援が求められる。特に日本は、ベルシア湾沖での軍事衝突に首を突っ込むのではなく、水資源や環境技術でリードしていくべきである。

『チベット白書』

英国議会人権擁護グループ報告、チベット問題を考える会翻訳『チベット白書:チベットにおける中国の人権侵害』(日中出版 1989)を一気に読む。

中国政府によるチベットに対する抑圧政策や見せかけの懐柔政策、大量虐殺の事実が克明に書かれている。そもそもチベットというと、中国の一部である「チベット(西蔵)自治区」のことだと思い込んでいたが、その区分は中国政府の分割政策によるものである。本当のチベットは、青海省の全域と四川省の西半分、それに甘粛省と雲南省の一部を含む平均海抜4000メートルを超えるチベット高原そのものであり、中華人民共和国の4分の1弱を占める220万平方キロメートルになる。

日本では大きく報道されていないが、漢民族による入植政策に伴う弾圧は北米におけるネイティブアメリカンや豪州におけるアボリジニと極めて類似している。また虐殺されたチベット民族は600万の人口に対して120万人とも言われている。5人に1人が中国のチベット支配の犠牲者となったのである。スターリンの大虐殺やカンボジアのポルポト政権時代の虐殺に匹敵する規模である。

また、チベット問題というと宗教や人権にばかり目が行きがちであるが、環境破壊も尋常ではないという。1959年以降20年以上もの間、毎年500万立方メートルの木材が乱伐され、生態系の破壊も著しい。日帝の大東亜共栄圏やナチスドイツの民族浄化にも近い悪辣なチベット問題にもっと注目して行きたい。

東京新聞国際面から

EU離脱後の英国が唯一、EU加盟国と陸続きの国境を接することになる北アイルランドが特集されていた。アイルランド4州と接する北アイルランドのファーマナ州は、かつてカトリック過激派アイルランド共和軍(IRA)の攻撃に最前線で晒された経験を持つ。英国・アイルランドともEUに加盟した後は一日3万人が自由に行き来できるようになったが、今後は英国の欧州連合離脱で人や物の移動に規制が加わることになる。今後、厳格な国境管理が導入されれば、またテロの機運が盛り上がることが懸念される。IRAの政治組織シン・フェイン党は、南北アイルランドの統一は、住民投票で問うべきだと主張するが、ファーマナ州の住民は「EU離脱を利用して、軍事で失敗したアイルランド統一を政治的に達成しようとしている」と反発する。

90年代後半から20年余り、人や物、金が自由に行き来するグローバル社会を礼賛する風潮が続いたが、いよいよそうした自由の代償に対する見直しが始まりつつあり、北アイルランドのような戸惑いが今後も各地で発生してくるであろう。

北アイルランド紛争
1937年に英国から独立したアイルランドに対し、島北部は英領にとどまったが、英国統治を望む多数派のプロテスタント系と、アイルランド帰属を訴える少数派のカトリック系が対立。60年代後半に武力闘争に発展し、計3000人余の犠牲が出た。英国・アイルランド両政府を含む当事者が、98年に和平合意に至った。