読書」カテゴリーアーカイブ

『潜入ルポ 中国の女』

福島香織『潜入ルポ 中国の女:エイズ売春婦から大富豪まで』(文春文庫,2013)を半分ほど読む。
先日、タイの母親が12歳の娘を東京・湯島の個室マッサージ店で働かせるという事件が報道されたが、20年ほど前の中国では奴隷のような暮らしを強いられる農村から出るために、売春婦になったり、だまして家族を売春窟に売り飛ばすといったことがあったのである。

『あしたはワタシのお葬式』

まついなつき『あしたはワタシのお葬式』(NHK出版,2002)を読む。
著者はヒット作『笑う出産』を描いた漫画家である。出産の次は葬式だったのか、戒名や仏教など、分かりやすい言葉で説明されている。

「大学-知の技術化を越えて」

情況出版社刊「大学-知の技術化を越えて」『情況』(1996年7月号,情況出版)をパラっと読む。
タイトルにある「知の技術化」といっても、30年前の雑誌なので、ピンとこないであろう。当時の東京大学教養学部から刊行された「知の技法」「知の論理」「知のモラル」の3部作に代表される、旧制高校的な教養を指している。そうした「知の技術」を越えていくといった情況出版な
学生時代にリアルタイムで購入したものである。確か、このタイトルを利用して「知の解体」という講演会を行ったと記憶している。
和光大学教授の上野俊哉氏は、「造反もしない奴に学問なんてできない」の中で、次のように述べている。

今やいたるところで「わかりやすさのファシズム」が吹き荒れている。新聞、テレビ、音楽、映画……どこでも「わかりやすさ」が至上の価値だ。思想の世界でも、わかりやすければ先の侵略戦争における自国の戦死者をとむらうことが侵略で殺された死者を悼むことよりも先だ、などという右翼同前の主張をしてもよいらしい。哲学もまた「わかりやすさ」の犠牲になって、三流以下の小説のネタにされたり、概説と入門のスタイルでしかものが考えられないライターたちの道具にされている。
大体、ぼくたちが生きているこの現実が決してわかりやすいものではありえないのに、それを語る言葉がそうそう「わかりやすい」ものになるわけがない。誰もがわかるように何かを説明することと、誰にも考えつく程度でしか語らないこととは根本的に異なるはずだ。専門語を使わず、改行をふやし、やさしい言葉で語る学者、評論家、ライターのたぐいの罪は重い。実はかげで「教養」を独占するという意味では、かつての「大学」の体制よりもひどいかもしれない。水増しのクラックみたいな言葉で半端な知のジャンキーが増えていくばかりだ(「ニューアカ」の制度化ヴァージョンとも言うべき「知の技法」三部作のなかにもこういうゴミが混じっている)。

『不安定を生きる若者たち』

乾彰夫『不安定を生きる若者たち:日英比較 フリーター・ニート・失業』(大月書店,2006)をパラっと読む。
日本で「ニート」というと、「就業意識のない、豊かさに甘えた若者たち」といったマイナスなレッテルを貼られるが、1990年代後半から2000年代前半にかけての就職氷河期で、就労意欲があっても働けない、職業訓練も受けられない若者の実態を炙り出している。

ちょうど私自身が1990年代後半の学卒の若者世代にあたる。就職できないのは自分の責任だと自己責任論が跋扈し、働いていないのは怠けだという意識がまだ強かった時代である。著者は「労働市場の変容や雇用システム(や福祉国家)の再編成によって引き起こされたもの」であり、就職氷河期世代の若者に責任を帰する論調を明確に否定している。

『思春期のこころ』

大渕憲一『思春期のこころ』(ちくまプリマー新書,2006)を、教材研究としてパラパラと読む。
ちょうど「公共」の授業で倫理分野を扱っていたので手に取ってみた。授業のネタになるようなところを抜書きしておきたい。

女性の方が自意識が強いのは、それだけ男性よりも他者の視線に晒されているからである。男女の若いカップルが向こうから歩いてくる時、男性は8:2くらいの割合で、女性の方に視線を向ける。一方で女性が観察者の時は、6:4くらいの割合で同性である女性に視線を向ける。相手の女性の容姿、服装や持ち物のセンスなどを厳しくチェックするためによく見るのではないでしょうか。

誘われても断れないのは集団圧力と呼ばれるもので、「嫌われるかもしれない」「もう付き合ってもらえないかもしれない「友達をがっかりさせたくない」といった気持ちで同調してしまうものです。

社会が近代化し、産業化が進むにつれて、「青年期:と呼ばれる期間が長くなる傾向があります。ドラマでみていると、150年くらい前の江戸時代には、男の子だったら10歳くらいから、大店、今でいう会社に、見習いとして奉公を始めます。この丁稚と呼ばれる見習い期間を無事に数年勤めると手代という地位に昇格します。10代後半ですが、この段階で一人前の職業人と認められ、店の中でも責任ある仕事が任せられるようになります。技術職を志す者も同様で、10歳前後から親方のところに見習いにはいり、数年間の修行をへて一人前の職人として認められるようになります。武士の子弟は、おおむね16、17歳前後に元服式をあげて、成人としての扱いを受けることになっていました。女性も同じ頃に結婚し、10代の間に子どもを産んで母親になる女性も少なくなかったのです。

以降、「青年期」の特徴、子どもから大人への過渡期、身体的には大人になっても、社会的・精神的には子どものままである「成熟のずれ」や、青年期の一時的反社会性が大人になるための通貨儀礼となっている点などの説明が続く。