第122回芥川賞受賞作、藤野千夜『夏の約束』(講談社 2000)を読む。
ある一組のゲイのカップルを中心とした日常の人間模様を描く。だが、読み進めながら、一体この作品のどこに文学新人賞に値する文学性があり、審査員はどういった論評をしているのであろうかという疑念が沸いてきた。ただ夏のキャンプの約束をするという展開で、そこには人間としての悩みもなければ差別や葛藤もない。ただ淡々と日常の一断面が描かれるだけである。
逆説的に、都会で生活する20代の若者のやるせなさをテーマとしているのであろうか。
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『直言!:日本よ、のびやかなれ』
櫻井よしこ『直言!:日本よ、のびやかなれ』(世界文化社 1996)を読む。
政治、経済、歴史、教育、環境の5つの分野に関する講演会の記録原稿に、大幅な改稿を行ったものである。硬直化した官僚制度や、規制づくめの経済、被虐前提の歴史観、画一化した教育のあり方、理念なき環境破壊に対して、マスコミの報道や「常識」に惑わされず、国民一人ひとりが真摯に考え、答えを導きだすべきだと述べる。
90年代前半に雑誌『文藝春秋』や『諸君!』に散見された、「ダブーを打ち破り、権力に臆せずにものを言う」といった基調でまとめられている。筆者のスタンスが分かりやすい分だけ「安心」して読むことができた。
最後の環境問題の項が興味深かった。最初は海の話から始まり、海が汚染された原因を森の荒廃に求め、最後は国土の森林の半数を占める国有林を管理する林野庁の解体を求めるという展開である。国有林を乱売し、杉林だけにして森の貯水能力や豊かな生態系を破壊してきた森林行政に対する櫻井さんの目は厳しい。放漫な経営を続ける林野庁を第2の国鉄と揶揄し、一日も早く解体し、環境庁(当時)と地方自治体、民間業者による適切な運営に任せるべきだと述べる。
『新聞記者が受け継ぐ戦争』
6月24日から26日の東京新聞の朝刊社会面に、新聞記者が受け継ぐ戦争と題して、記者佐藤直子さんの署名入りの記事が掲載された。元読谷村議で、現在は真宗大谷派の僧侶となった知花昌一さんの生きざまを丁寧に追っている。東京新聞の良心を感じるような記事である。
知花さんは、1987年の国体で日の丸を燃やし、1995年には「象のオリ」の土地奪還闘争の先頭に立ち、今もなお闘いをやめない人である。その知花昌一さんの考え方や生き方を通して、戦後の沖縄の立場や歴史が丁寧に説明されている。
知花氏は、沖縄の闘争を通じて、「この世で一番の差別」である「ハンセン病」の実態を知り、その後、「怒り」を新たな生き方へと繋げていくために「浄土真宗」に傾倒していく。
知花氏の運動は、1972年までの本土復帰運動が原点になっている。しかし「核も基地もない沖縄」は実現しなかった。知花氏は、日本国憲法に保証された平和と、基本的人権と表現の自由がある、真の沖縄を求めて闘いを続けてきた。語弊をはばからずに言うと、本土を視点にすると「左翼」であるが、沖縄を視点にすると「右翼」である。日本政府さえも、米軍さえも恐れず、「怒り」をぶつけていく「特攻右翼」と表現してよいかもしれない。
僧侶になってからは、「突き進むだけでなく、ときには立ち止まって。一人になって考えるんですよ」とも述べている。そして、彼は最後に次のように述べる。
僕はね、日本の政治はどうしようもないけど、民衆には幻滅してなかったさ。忙しくて社会の問題に目を向ける余裕がないと思ってた東京の人が立ち上がった。これはすごい。
『乳と卵』
第138回芥川賞受賞作、川上未映子『乳と卵』(文春文庫 2010)を読む。
「文學界」2007年12月号に掲載された作品であり、同2008年3月号に掲載された『あなたたちの恋愛は瀕死』も収録されている。
なかなか男性には分かりにくいテーマであった。豊胸手術に臨む母と、初潮の時期が近づく娘との微妙なすれ違いが描かれる。お乳をあげたことで凹んでしまった胸を悲しむ母を見ることで、娘は自分の生を否定されたと感じる。そして、そうした母に近づいていく象徴としての初潮を嫌悪してしまう。最後は母子共々、卵子のメタファーでもある玉子をぶつけ合う印象的なシーンで締めくくられる。
ビール片手に読んだためか、主人公の繊細な身体感覚に共感することができなかった。
『古川』
第8回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作、吉永達彦『古川』(角川書店 2001)を読む。
表題作の他、『冥い沼』という作品も収録されている。
最近、あまりに疲れており読書に気が向かなかったので、本棚に眠っていた読みやすいホラーの短編を手に取ってみた。冷蔵庫が普及し始めた1960年代初頭の大阪のどぶ川沿いの長屋が舞台となっている。過去に恨みを持って古川で亡くなった亡霊どもと、長屋で暮らす霊能力を持った弟と姉との「戦い」が描かれる。
アクションアニメのノベライズのような雰囲気の作品で、亡霊との「戦闘シーン」が巧みに描かれるのだが、いまいち作品世界にはまることができず、後半は読み飛ばしていった。