月別アーカイブ: 2009年1月

『日本軍政下のアジア:「大東亜共栄圏」と軍票』

小林英夫『日本軍政下のアジア:「大東亜共栄圏」と軍票』(岩波新書 1993)を読む。
昨日の小林よしのり氏の『台湾論』だけでは情報が偏ってしまうと思い読んでみた。
戦前日本が現地通貨を強制的に日本政府が保証する紙幣である軍票に交換する暴挙を行い、現地の貨幣経済を混乱させた事実を丹念に描く。朝鮮半島や台湾については紙幅の都合で述べられていないが、当時の日本政府は、シンガポールやフィリピン、スマトラ、ジャワ、香港などで無計画な行財政を展開し、びっくりするほどのインフレを引き起こし、現地の人たちの生活基盤を破壊した。そして、「大東亜共栄圏」なるいんちきな標語で、日本が戦争を遂行するに必要な資源をアジア各国に求め、無理やりに産業構造を変えてしまい、戦後にまでその爪痕が残る結果となった。
確かに、一部台湾などでは経済がうまく回った例はある。それは歴史の事実として認めなければならない。しかし、アジア太平洋地域全体で見ると、やはり日本の無道な植民地主義が横行し、そうした事実をも丁寧に一つ一つ受け入れることが求められる。

『新ゴーマニズム宣言SPECIAL:台湾論』

小林よしのり『新ゴーマニズム宣言SPECIAL:台湾論』(小学館 2000)を読む。
雑誌「SAPIO」で連載している「新ゴーマニズム宣言」で2000年の夏から秋にかけて特集された台湾論を集めたものである。
野党の陳水篇氏が勝利した2000年3月の台湾総統選挙に際して、台湾の民主化の変わり目を感じた著者が、実際に台湾に渡り、陳氏や前総統の李登輝氏に直接対談を試み、台湾の過去、現在、未来を私見を交えて大胆に語っている。著者は、戦前のアジア政策を全否定する「サヨク」を批判し、台湾では偉大で侍魂を持った日本人が活躍し、現在の台湾人の矜持と経済的発展の礎を築いた、という歴史を直視すべきだと力説する。そして現在の中華人民共和国による「1つの中国」政策の押し付けの中で、台湾人としてのアイデンティティの確立に力を注いだ李登輝全総統から学ぶことが大事だと述べる。
経済や観光での結びつきが深まる一方で、政治的に疎遠で今一つ馴染みが薄い台湾の入門書としてよくまとまっている。台湾には大陸から2キロほどしか離れていない金門島や馬祖島という領土があることや、徴兵制が敷かれていることなど、その軍事的意味や背景など丁寧に説明している。必要以上に肩肘張って中華人民共和国や日本の「サヨク」が歴史を歪曲していると批判する場面を除くと、台湾の観光の参考書として非常に面白い。
また台湾のアイデンティティについて、著者は「わしが言いたいのは血統による民族主義でアイデンティティーを規定するのは無意味だということ。わしは今の日本人を作っているものは「血」ではなくて「国土」や「言語」「歴史」だと思う」と極めて正論を展開し、台湾の精神的独立、政治的自立を擁護している。

『大学受験のための小説講義』

石原千秋『大学受験のための小説講義』(ちくま新書 2002)を半分読む。
大学受験をこれまでの受験技術ではなく、文学解釈の立場に立って解こうとする意欲作である。指示語や接続詞といった現代文解釈のヒントはほとんど無視し、物語の「枠組み」(物語の構造)から、その登場人物に与えられる役割を分析して、問題を次々と解いていく。またセンター試験の小説は文科省の監督があるためか、一定にルールにもとに作品が選ばれ、問題が構成されていると述べる。
今まで苦手意識を持っていたセンター小説の骨格が分かった気がして大変興味深かった。後半は国公立二次の問題となっているので、時間がある時に解いてみたい。

センター試験の小説の5つの法則

  1. 「気持ち」を問う設問には隠されたルール(学校空間では道徳的に正しいことが「正解」となる)が働きがちだ。
  2. そのような受験小説は「道徳的」で「健全な物語」を踏まえているから、それに対して否定的な表現が書き込まれた選択肢はダミーである可能性が高い。
  3. その結果「正解」は曖昧模糊とした記述からなる選択肢であることが多い。
  4. 「気持ち」を問う設問は傍線部前後の状況についての情報処理であることが多い。
  5. 「正解」は似ている選択肢のどちらかであることが多い。ただしこの法則は、中学や高校の入試国語ではほぼそのまま使えるが、大学受験国語では裏をかかれることがある。

物語文による読みを基本としながら、これら5つの法則と消去法を組み合わせて解くのが、センター小説の鉄則である。

パンフレット研究:麻布大学

麻布大学のパンフレットを読む。
神奈川県相模原市にある淵野辺という、いかにも東京圏の外れを思わせる場所にある。麻布高校の系列大学だと思っていたが、全くの無関係だそうだ。
獣医学科と動物応用科学化からなる獣医学部と、臨床検査技術学科、食品生命化学科、環境科学科の3学科からなる生命・環境科学部の2学部と大学院で構成される。やはり麻布大学花形は獣医学科であり、その他の学科や学部は、獣医学部の研究施設なりスタッフがもったいないから作ったような「おまけ感」が否めない。獣医学についてはいまさら述べる必要もないほど定評のあるところであり、施設も大変充実している。一方で同学部の動物応用科学科は動物園のスタッフやドッグトレーナーの養成に重きを置いている。
また生命・環境科学部に至ってはさらにお寒い状況である。食品生命科学科は理念がはっきりしているが、臨床検査技術学科はいまさらといった感じ。環境科学科に至っては「環境スペシャリスト」の養成を謳っているが、それは他の専門性があっての話。環境そのものの専門家というのは、高校生をだまくらかしているようでうさんくさい。

『不動産は値下がりする!:「見極める目」が求められる時代』

江副浩正『不動産は値下がりする!:「見極める目」が求められる時代』(中公新書ラクレ 2007)を読む。
筆者江副氏は、1988年の「リクルート事件」でニュースの話題をさらったリクルート社の創業者である。事件当時は中学生だったので、画面を通した江副氏についてほとんど記憶がないが、本を読む限り非常に聡明な方だったというのが分かる。
不動産の値下がりを為替や金利、土地活用、人口流動、都心再開発、不動産の賃料や物件までも債券化した危険な投資信託など、あらゆる面から分析を加えている。ちょうど07年の夏に刊行されており、ちょうどその頃から始まった米国のサブプライム問題に端を発した金融不況未然に書かれたのであるが、見事に現在の不動産不況の状況を言い当てている。
経済の参考書としても一読に値する。