月別アーカイブ: 2013年12月

「大恐竜展」

子どもたちを連れて上野の国立科学博物館で開催されている「大恐竜展 ゴビ砂漠の驚異」(主催:国立科学博物館、モンゴル科学アカデミー古生物学センター、読売新聞社)を観に行った。
本やネットで平面の図や写真はいくらでも見れるが、実際に骨組みを見上げて往時の姿を想像するのは貴重な経験であった。4歳と2歳の兄弟も「きょうりゅう、でっかいね」「あんきどん」「おびらっぷー」など、戦隊物の「キョウリュウジャー」と重ね合わせて楽しんでいた様子。

ボアソナードタワーの最上階から

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本日の午後、法政大学の通信教育の説明会に参加した。模擬授業やメディアスクーリング体験、個別相談、キャンパスツアーなど盛りだくさんであった。人寄せパンダなのか、キャンパスツアーでボアソナードタワーの最上階に案内された。さぞかし夜景が奇麗なのだろうと容易に想像させる眺望であった。
通信教育の文学部地理学科の話を聞きたくて伺ったのだが、教員紹介のしおりなどを見て、逆に自分で勉強した方がいいのではという思いも芽生えてきた。さてどうするか。この年末年始に自分の今後の身の振り方を考えてみよう。

「國分×古市×速水〜90年代論」

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ポッドキャストで配信されていた、文化系トークラジオLife「國分×古市×速水〜90年代論」(TBSラジオ 2013/11/11)を聞いた。
紀伊国屋サザンシアターで開催された、1973年生まれの速水氏と、1974年生まれの国分氏、1985年生まれの古市氏の3氏が、1980年代末から90年代後半の政治や思想、流行を思うままに語るトークイベントの録音である。小室哲哉やゴーマニズム宣言、ニューアカ、ケータイなど次々と話は広がっていく。
同世代として懐かしさを感じるような話もあったが、イラッとくるような「違和感」の方が多かった。それは、國分氏の「1990年代の自分の周りの学生は、ゴーマニズム宣言を読んで厚生省前のデモに参加し、セクトに絡めとられてしまう「ピュア」な学生か、マルクスを単純に崇拝するだけ、もしくはレーニンを批判するだけの総じて頭の悪い学生が多かった」といった風なニュアンスの発言を聞いて感じた「違和感」である。
これ以上の詳述は止めておこう。

『そして殺人者は野に放たれる』

第3回新潮ドキュメンタリー賞受賞作、日垣隆『そして殺人者は野に放たれる』(新潮文庫 2003)を読む。
2003年に新潮社より刊行された単行本の文庫化である。刑法39条が拡大的に解釈され、加害者の弁護側だけでなく、検察や司法も、意図的な残忍な殺人ですら無罪もしくは減刑を判じている実態を明らかにしている。
刑法39条は「1.心神喪失者の行為は、罰しない。2.心身耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」とあり、元々は心神喪失者や心神耗弱者といった正常な判断ができない人たちの権利を守るための条文である。しかし、精神科医に委ねられた鑑定書がほぼ加害者の更生の可能性を抹殺しない内容となる以上、起訴して無罪判決になると困ってしまう検察や、医学に踏み込めない司法は、安易に心神喪失と正常の間の心神耗弱を持ち出して、刑の減軽を計ることで丸く収めようとする。しかし、そこには被害者や被害者の家族の気持ちは忖度されない。
非常に刺激的なタイトルであるが、重度の精神障害や知的障害の行為については配慮が必要であると明示しつつ、刑法39条を前にして思考停止状態に陥っている司法現場に痛烈な疑問を投げかけている。都合のいい事例ばかりが挙げられているが、刑法39条そのものの欠陥を指摘する熱意はよく伝わってきた。

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□ 日垣隆公式サイト「ガッキィファイター」

大学案内研究:東京工芸大学

東京工芸大学のパンフレット(2013年度版)を読む。
昔神奈川県伊勢原市に住んでいた時、本厚木駅を利用していたので、何となく名前は知ってはいたが、実態がよく分からない大学であった。
歴史は意外に古く、1923年日本初の写真学校として、小西六写真工業(現・コニカミノルタ)社長が創設した小西写真専門学校に源を発する。1926年校名を東京写真専門学校に改称し、1950年東京写真短期大学となる。1966年に本厚木駅からバスで15分ほどの場所に写真工学科と印刷工学科の東京写真大学工学部が開設される。当時、高価な工業製品であったカメラの周辺の技術を学ぶ環境が整備されていき、1973年工業化学科、1974年建築学科、1976年電子工学科を増設し、1977年東京工芸大学に改称している。1994年に短大を改組し写真学科、映像学科、デザイン学科を置く芸術学部を開設している。現在はメディ画像学科、生命環境学科、建築学科、コンピュータ応用学科、電子機械学科の5学科で構成される工学部と、写真学科、映像学科、デザイン学科、インタラクティブメディア学科、アニメーション学科、ゲーム学科、マンガ学科で構成される芸術学部の2学部体制である。2009年より中野キャンパスが全面リニューアルし、2015年より芸術学部の3・4年生が学ぶ予定となっている。
辺鄙な場所にあり、入試倍率も芸術学部ゲーム学科以外1倍をやや越える程度だが、ホームページの基本情報で確認したところ、しっかりと定員は確保されている。やはり写真(画像)を中心に、その周辺の工業技術や芸術などを学ぶというオンリーワンな大学理念が評価されているのだろうか。工学部の就職内定率は90.3%であり、ニコンやペンタックス、キャノンといったカメラメーカーへの就職は強い。芸術学部の就職率は61.9%ということであるが、中身はほぼ専門学校である。