Podcastで配信されている、文化系トークラジオLife「勉強し続ける社会」(2013年10月27日放送 TBSラジオ)を聞いた。
生涯にわたって勉強を迫るような世知辛い社会を斬るような展開になるのかと思いきや、アクティブラーニングやプレゼンなど主体性を重んじる大学の授業の模様や、もう一度学ぶ場としてのカルチャーセンターや読書会の様子など、学ぶこと自体の楽しさや、面白さを引き出す勉強の仕方などが論じられていた。私自身が大学を卒業してから勉強って面白いと改めて思ったので、興味深く拝聴した。
月別アーカイブ: 2013年12月
戦争は大きらい
本日の東京新聞夕刊の匿名コラム「大波小波」の文章を引用してみたい。ちょうど小林よしのり『「個と公」論』という本を読んでおり、ふと目が止まった。「公(奉仕)」を賛美し「私(わがまま)」を押さえつけてきた過去の「戦争」によって日本人の美徳が醸成されたと述べた小林氏の『戦争論』への批判に対して、小林氏が誌上で反論を加えるという内容である。読めば読むほど小林氏の弄言に頭を傾げてしまうのだが、コラムの後半はそうした小林氏に対する批判ともなっている。
本年の正月の本欄に「今年はデモクラシー再考の年である」という文章が載った。その通りの展開だったというほかない。概算で全有権者の四分の一の票を得たにすぎない自公が秘密保護法案を強行採決で通したからだ。両院とも「違憲(状態)」と裁かれている国会がこんな暴挙に出られること自体、日本のデモクラシーが名ばかりの制度になっていることの証明だ。政府(お上)のいうことを国民(平民)は黙って聞けといのが本音なのだ。
そして今度は、これまでに三度も廃案になった共謀罪法案が浮上した。その先に狙われているのは改憲であり、「戦争放棄」の放棄だろう。国際情勢を読む目も、粘り強く交渉する政治力もない自民党幹部たちは、愛国心による戦争をカッコいいと美化する小児病に罹っているようだ。
そんな世相の中で多くの人に読んでもらいたい本が出た。やなせたかしの『ぼくは戦争は大きらい』(小学館)である。やなせは中国で戦争を経験したが、その実態はじつにカッコ悪い。そこから付和雷同の戦争賛成でもなく、観念的な反戦でもなく、受動的な厭戦でもない、「戦争は大きらい」という強い意志が生まれてくる。戦争を生きた人のリアリズムである。
『アンノウン』
『宇宙兄弟』
秋口より、職場の近くの焼きそば屋に何回か通い、小山宙哉『宇宙兄弟』(講談社)を1巻から10巻まで読んだ。
継続性のない自分にとって2ヶ月くらいかけて10巻まで読むというのは珍しい。それだけ作品に40歳のおやじを引きつけるだけの魅力があるのだ。日本で初の月面着陸を果たした宇宙パイロット難波日々人を弟にもつ南波六太が、厳しい選考試験を経て同じ宇宙パイロットを目指す物語である。10巻までで兄六太はNASAでの訓練の真っ最中で、弟日々人は月で命からがらのプロジェクトに従事している。
決して若くもなくエリートでもない六太が宇宙を目指すというシンデレラストーリーなのだが、心理描写や回想シーンが巧みに用いられ、読めば読むほどキャラクターへの思いが募ってくる。
大盛り焼きそばを食べ続け、何とか22巻まで読破してみたい。
『ゼロ・グラビティ』
昼にイオンシネマの3ヶ月間パスポートを買ったので、本日またいそいそと夜一人で映画館に出かけた。
アルフォンソ・キュアロン脚本・監督、サンドラ・ブロック主演『『ゼロ・グラビティ(原題: Gravity)』(2013 米)を観た。
『アバター』以来の3D映画鑑賞となった。奥行きのある映像で、宇宙空間の無重力状態がばっちりと表現されていたのは素晴らしい。物が浮くシーンや地球の映像などは文句のつけようがない。
しかし、話の展開はありがちなハリウッドテイストで、ロシアが勝手に人工衛星を爆発させ、その破片でシャトルが粉々になったり、時速数万キロの破片が飛び交う中で作業したり、炎に追いかけられたりのドタバタ劇である。話が急展開すればするほど、宇宙における闇や無音の恐怖、真空の危険さといった肝心なモチーフが薄くなってしまい、『アルマゲドン』などの「普通」のアクション映画に成り下がっていってしまった。もう少ししんみりと無重力自体の面白さや魅力を伝える映画であれば良かったと思う。
原題は「Gravity」(重力)というタイトルである。ラストシーンは重力の力で命を落としかけながらも、二本足で立ち上がる場面でエンディングを迎える。あの場面でのサンドラ・ブロックの姿は格好良かった。




