今日の東京新聞の一面は、中田宏横浜市長による住民基本台帳ネットワーク市民選択制の発表の記事だった。既に福島県矢祭町、杉並区、国分寺市が表明している住基ネット「不参加」ではなく、「市民選択制」とした点に対する評価が集まっている。「選択制」は言葉の上では好印象であるが、実施段階でうまく機能するのか不明である。しかしいずれにせよ345万人を抱える横浜市のトップが総務省に反対の意を表わしたことは評価したい。
昨日の夕刊の文化欄に、ジャーナリスト櫻井よしこさんが、「住基ネットの嘘」という文章を寄せている。
米国では昨年の九月十一日のテロ事件以来、国民への監視も必要だとして番号制の導入の法案が出された。しかし、議会はこれを否決した。危険人物の特定も必要だが、行き過ぎた監視は民主主義と人の心を抑圧するという理由からだ。政治家が真に国民の代表であるなら、国民の個人情報を一元管理し、個人情報を危機に晒すことはやめるべきだ。見えない力で国民を抑圧する仕組みには断固反対すべきだ。しかもこの仕組みは国民への偽りの説明の中から生まれてきた。個人情報と民主主義、そして自由な精神を、こんな偽りの仕組みの前に屈服させることになってはならないのだ。誰もが闊達に生きるためにも、住基ネットは止めさせなければならないと思う。
櫻井よしこさんと言うとこれまであまりいい印象はなかったが、こと個人やメディアが民主主義を守るといった自由主義的な観点から一貫した発言をしているのは評価に値する。
しかしこの住基ネットの持つ悪点を過小評価している気がしてならない。そもそもこの住基ネット構想は有事法体制を補完するものとして生まれてきているのだ。例えば朝鮮有事の際、米国部隊が軍事展開を行う際、見分けのつきにくい、日本人と韓国・朝鮮人の区分を明確にする等に用いられるのだ。昨日2002年版防衛白書が発表になったが、依然朝鮮半島での有事を