家の本棚に眠っていた、大海恵二郎『教師よ! 教育基本法の精神にかえれ:教育の荒廃を正し、教育の反動化を阻止するために』(1981)という自費出版?本を手に取ってぱらぱらと読んでみた。
その中で、著者大海氏は次のように述べる。
教育とは本来、教師と生徒の信頼関係の上に成立し、それは教師の生徒に対する「情熱」と「愛情」によって実を結ぶものである。その観点から考えて、教師は今一度自分が行なっている教育が教育の原点である(憲法)といわれる教育基本法の精神に則ったものかどうかを冷静に見つめ直すべきである。また、教育の反動化の波に対してもそれと真向から対立すべき勢力(日教組、民主団体等)が国民多数の支持と理解を得ることができないため有効な対応ができず、常に守勢に立たされている。私は日教組がかかげている「平和を守り真実をつらぬく民主教育の確立」を教師が誠実に実践してきていたならば、今日のような状態は生れなかったと思っている。(中略)私は制度的問題等を論ずる前にまず教師自身が反省の上にたった教育を実践すべきであるということを訴えたい。私の主張はこの点につきると思う。
日教組は教師の中にも反民主的(教育基本法の精神を理解しない)な教師がいることを素直に認め、このような教師の存在が生徒・父母の「信頼と尊敬」を損わしめ、「民主教育の確立」に対する重大な弊害になっていることを認識してほしい。また「民主教育の確立」に障害となる反民主的な教師に対しては、国民とともに告発するぐらいの気がまえがなければならないと思う。
大海氏は自分の枠組みだけで生徒を判断し、工夫も苦労もせず、問題が起きたら家庭や進学先に責任を転嫁する「反民主的教師」を職場から排除していく、引いては個々の教員が自己の教育を反省し、心の中に巣くう「反民主教育」の芽を摘むことこそが教育再生の第一歩だと説く。まさに正論である。知識を教えることに終始し、生徒を類型化、点数化して合理的に「処理」していくような教育こそが批判されなければならないのである。
はて、自分はどうなのか。まず隗より始めよということか。