月別アーカイブ: 2025年8月

『中学生時代』

林友三郎『中学生時代:勉強・生活・進路』(岩波ジュニア新書,1983)をパラパラと読む。
著者は1923年に東京で生まれ、東京大学文学部哲学科を卒業され、1949年から東京都の中学校で英語を教えるとともに生活指導についての研究もされてきた方である。1947年(昭和22年)に新制中学校が設立され、著者は新制中学校の完成の年から教壇に立っている。そのため、テストや部活動、班活動、文化祭など、中学生の成長にどのような意義があるのか、一つ一つ丁寧に意味付けされている。

全45の項目で構成されているのだが、第2項で夜間中学校に触れているのが印象に残った。夜間中学の取り組みを紹介する中で、学習する権利を十分に行使することが、人生を彩豊かなものにし、民主主義を育むのだと断定する。

また部活動では次のように述べる。参考文献で日教組(当時)の資料なども参考にされているが、部活動は人間形成に大切な活動だが、「1日のうち1時間ぐらい」と述べるのは先見の明がある。

中学生時代にはじまる青年期は一生のうちでももっとも心身の成長がいちじるしく、やる気さえおこせばなんでもやれるエネルギーにみちている時期です。この時期に自分の特長や興味を生かした活動を思いきりやっておくことは人間形成の上でもたいせつなことですし、将来の進路の選択にも思わぬ良い影響を及ぼすことさえあります。また、一日のうち一時間ぐらいはぐっしょり汗をかいてスポーツや労働に精を出すことは精神的な健康のためにも必要なことです。

『EUの地理学』

佐々木博『EUの地理学』(二宮書店,1995)をパラパラと読む。
大学のテキストで使っていたのであろうか。ヨーロッパ共同体(EC)の成立に始まり、地形や気候、植生、言語、宗教、第一次・第二次・第三次産業のあらましが教科書風に説明されている。ちょうど地理探究の教科書の地誌の項目の深掘りのような内容である。

スコットランドは北大西洋海流の影響で降雨量が多い。熱帯低気圧(台風)が来ないので、激しく降ることはないが、降ったり止んだりが続く。偏西風の影響で西部や高地で雨が多くなる。ゴルフ発祥の地にふさわしく、牧草や芝草がたくさん生い茂っている。また、夏季に成長した草が気温が低いため腐食せず、そのまま炭化してビート(泥炭)を形成することになる。ビートは夏季に掘り起こして乾燥させ、家庭用の燃料としたり、ウイスキー醸造用に使われる。

イタリアの降水量は平均830mmほどで日本の約半分である。イギリス西部の年間降水量は1000〜2000mmとなっている。アルプスの南北の気候の違いは、「アルプス以北の木の文化、アルプス以南の石の文化」という言葉で例えられる。

ヨーロッパの偏西風の影響は強く、東ヨーロッパ・ロシアまで到達する。有名なところでいうと、ハンガリーである。北海道と同じ緯度帯で内陸に位置するが、温暖湿潤気候となっている。5月・6月の初夏に雨が降るので、プスタのような草原が形成されることになった。ちなみにプスタの地域は元々広大な森林が広がっていたが、オスマン帝国に領有されている時に木々が伐採され、湿帯草原へと変わっていったとのこと。

インド・ヨーロッパ語の中で、主要なものはゲルマン・ロマンス(ラテン)・スラブの三大言語族である。
ロマンシュ語はラテン語を起源とするロマンス語の一種である。カトリックは主にアルプス以南のロマンス語圏と、プロテスタントは主にゲルマン語圏と地域的には一致しているが、ドイツでは南部がカトリックであり、オーストリア・ポーランドなどもカトリックであるように、言語と宗教が必ずしも対応関係にあるわけではない。

『侍タイムスリッパー』

金曜ロードショーで放映されていた、安田淳一脚本・監督・撮影・編集、山口馬木也・冨家ノリマサ・沙倉ゆうの出演『侍タイムスリッパー』(未来映画社,2024)を観た。
映画館で2回観たので、都合3回目の鑑賞である。2回観た時には感じなかったのだが、2人の必死な生き様が現代の人たちに受け入れられているシーンなどの新しい感動もあった。

『戦後八〇年・「昭和」一〇〇年 天皇制を問う』

堀内哲編著『戦後八〇年・「昭和」一〇〇年 天皇制を問う:七三一部隊と松代大本営』(同時代社,2025.8.5)を読む。

著者の堀内氏は、学生時代に一緒に教育ー学園闘争を担った仲間である。本書はタイトルにもある通り、新宿区戸山や川崎市登戸で展開された七三一部隊と、著者の地元である長野県松代市に計画された松代大本営における指揮系統の分析から、天皇の戦争責任を問い直そうというものである。主に堀内氏が七三一部隊を、歴史研究家の原昭己氏が松代大本営の項を担当されている。大陸進出の切り札としての細菌兵器と本土決戦に向けた国体護持は、当時の

著者の堀内氏は、本書を上梓した理由について次のように述べる。

裕仁も、戦前は大日本帝国憲法の天皇主権者、戦後は象徴天皇としての立場が二つあり、戦争責任が問われないように両面を巧みに使い分けていました。しかし責任の主体は一つであり、そこに焦点化して八〇年後の戦争責任を追及しているのが本企画です。

さらに著者は、現在中国政府が、黒竜江省ハルビン市の「旧関東軍第七三一部隊遺跡」を世界遺産として登録しようとしており、これが実現した暁には、ポーランドのアウシュヴィッツや広島原爆ドームと並ぶ負の世界遺産として認知され、天皇の戦争責任の声が燎原の火のごとく広がり始めるだろうと述べる。

堀内氏は、皇室典範及び憲法第1条~8条が一個人としての天皇の人格を否定しているものとし、天皇制自体を維持すべきでないと述べる。そして、国民統合の象徴である現行天皇制を廃し、国民の意志が反映しやすい直接民主制の大統領制度にすべきだと主張する。
また、原氏は天皇制は父権主義やミソジニーの温床ともなっており、

また、著者は天皇制廃止のためには、憲法第一条から

最後に、私が卒業論文で取り上げた文学者・中野重治氏の思いを紹介したい。戦前プロレタリア文学者として華々しくデビューしたものの雑誌『展望』の1947年1月号に『五勺の酒』という短編小説を発表している。中野は旧制中学校の老教師をして次のように述べる。

僕は天皇個人に同情を持っているのだ……あそこには家庭がない。家族もない。どこまで行っても政治的表現としてほかそれがないのだ。ほんとうに気の毒だ……個人が絶対に個人としてありえぬ。つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合だ。どこに、おれは神でないと宣言せねばならぬほど蹂躙(じゅうりん)された個があっただろう。

fgf