『戦後八〇年・「昭和」一〇〇年 天皇制を問う』

堀内哲編著『戦後八〇年・「昭和」一〇〇年 天皇制を問う:七三一部隊と松代大本営』(同時代社,2025.8.5)を読む。

著者の堀内氏は、学生時代に一緒に教育ー学園闘争を担った仲間である。本書はタイトルにもある通り、新宿区戸山や川崎市登戸で展開された七三一部隊と、著者の地元である長野県松代市に計画された松代大本営における指揮系統の分析から、天皇の戦争責任を問い直そうというものである。主に堀内氏が七三一部隊を、歴史研究家の原昭己氏が松代大本営の項を担当されている。大陸進出の切り札としての細菌兵器と本土決戦に向けた国体護持は、当時の

著者の堀内氏は、本書を上梓した理由について次のように述べる。

裕仁も、戦前は大日本帝国憲法の天皇主権者、戦後は象徴天皇としての立場が二つあり、戦争責任が問われないように両面を巧みに使い分けていました。しかし責任の主体は一つであり、そこに焦点化して八〇年後の戦争責任を追及しているのが本企画です。

さらに著者は、現在中国政府が、黒竜江省ハルビン市の「旧関東軍第七三一部隊遺跡」を世界遺産として登録しようとしており、これが実現した暁には、ポーランドのアウシュヴィッツや広島原爆ドームと並ぶ負の世界遺産として認知され、天皇の戦争責任の声が燎原の火のごとく広がり始めるだろうと述べる。

堀内氏は、皇室典範及び憲法第1条~8条が一個人としての天皇の人格を否定しているものとし、天皇制自体を維持すべきでないと述べる。そして、国民統合の象徴である現行天皇制を廃し、国民の意志が反映しやすい直接民主制の大統領制度にすべきだと主張する。
また、原氏は天皇制は父権主義やミソジニーの温床ともなっており、

また、著者は天皇制廃止のためには、憲法第一条から

最後に、私が卒業論文で取り上げた文学者・中野重治氏の思いを紹介したい。戦前プロレタリア文学者として華々しくデビューしたものの雑誌『展望』の1947年1月号に『五勺の酒』という短編小説を発表している。中野は旧制中学校の老教師をして次のように述べる。

僕は天皇個人に同情を持っているのだ……あそこには家庭がない。家族もない。どこまで行っても政治的表現としてほかそれがないのだ。ほんとうに気の毒だ……個人が絶対に個人としてありえぬ。つまり全体主義が個を純粋に犠牲にした最も純粋な場合だ。どこに、おれは神でないと宣言せねばならぬほど蹂躙(じゅうりん)された個があっただろう。

fgf