疋田智『大人の自転車ライフ:今だからこそ楽しめる快適スタイル』(光文社知恵の森文庫 2005)を読む。
著者の疋田氏はTBSテレビ情報制作局所属のTVプロデューサーを務める傍ら、「自転車ツーキニスト」を名乗り
自転車の種類やパーツを解説した写真やイラストはほとんどなく、自転車通勤7年目になる著者の自転車通勤の意義やコツ、また自動車を優遇している社会のあり方への疑義など、自転車生活を楽しむための社会や環境のあり方についての提唱が中心となっている。年齢も近く、ちょうど来週から予定している私と同じ12kmの自転車通勤を実践している著者だったので、すんなりと腑に落ちる話が多かった。
著者は大人が自転車に乗るということについて次のように語っている。
小学校時代、中学校時代。あの頃、街は「面」としての存在だった。細かい街の構造物の在処を知っていた。小学校の裏山近くにある大きなドブ川はどこに通じているかを知っていた。工場近くの産業道路をずっと行くと、それがいつの間にか砂利道に変わり、その先が入り江に続いているのを知っていた。入り江の橋を越えると小高い丘があった。丘の上には何というか知らないけれど、うねうねと根を張った大きな木があった。その木の近くには友達3人だけの秘密基地があった。
自転車という少年時代最強の武器は、そうしたものをみんな教えてくれた。
大人になってしまうと、自分と地域とのつながりが点と線になってしまう。いつもの駅、いつもの近所、いつもの職場、いつもの路線、決まった地点で決まったことをしながら、毎日を過ごしていると、いつしかそれが自分のすべてになってしまう。
新鮮な発見が、日々失われていく。この街で大勢の人が生活し、それぞれにそれぞれの生態があることを忘れてしまう。
そういったものを自転車は実に直接的に教えてくれるのだ。
また、後半は趣味や健康といった個人的な枠組みを超えて、都市交通システムへと話が拡がっていく。環境という側面からも自転車のメリットは大きい。一般的な普通自動車で移動するのに比べ、自転車の場合はCO2の排出量が130分の1で済む。自転車こそが車道を走る主役であるような交通体系が求められるのだ。著者は巻頭の言葉の中で次のように述べる。
自転車、そして、自転車的なもの。それは自らの力だけで風を切って進んでいく快感であり、化石燃料を一切使わない究極のエコであり、クルマも電車もかなわない突出した都心でのハイスピードであったりする。だが、その本質は、世の中をこれ以上煩わしいものにさせるのはやめよう。よりシンプルに生きていこう、という精神なのではないかとも思う。自転車というシンプルな乗り物には、人生をちょっぴり楽しくするための何かが確実にある。その何かは自分だけでなく、社会のためになると私は信じている。