読書」カテゴリーアーカイブ

『おはなし統計入門』

森口繁一『おはなし統計入門』(日本規格協会 1991)を読む。
著者は東京大学工学部で定年まで教授を務め、その後電気通信大学で5ヵ年や東京電機大学でも5ヵ年教授を務め、日本の数理工学のパイオニアのような存在である。本書でも様々な調査データや自然データを用いて、統計学や確率論からどのような特徴を導き出せるのかという実験を行なっている。サイコロや血液型からGDPや出生率、道路交通死亡者などの不確定要素を含むデータから、対数表やカイ二乗、四分位点分析を通すと、大変分かりやすい有意な結論が得られる。
著者は細かい使えない分析をするよりも、大雑把で良いから使える統計を行えと説く。

小規模の(大きさ何百という程度の)標本調査の結果を、32.4%などと報道するような新聞やテレビを見たら、「統計の入門程度の知識もないのだな」と考えても、まずは間違いないでしょう。

『発想の図式』

杉山明博『発想の図式』(東洋館出版社 1993)をパラパラと眺める。
著者は執筆当時、造形家で静岡大学教授を務めている。ノート学に関する本なのだが、内容をどうまとめるとかいうよりも、ノート1ページ全体のレイアウトや材質などが、定義のあいまいなキーワードを散りばめて、極めて分かりにくい文章でまとめられている。読む価値なし。

『文楽に連れてって!』

田中マリコ『文楽に連れてって!』(青弓社 2001)をパラパラと読む。
文楽とは人形浄瑠璃の一派で、大阪の竹本義太夫によって始められた大阪弁をもとにした古典芸能である。竹本義太夫の師匠が近松門左衛門であり、人形浄瑠璃の中心いってもよい。
最後に著者は専門家でもない自身が入門書をまとめた立ち位置について、最後に次のように語る。

古典芸能には、専門用語とか決まりごとに確固たるものがあります。文楽もきっちりした伝統と決まりごとがあります。(中略)けれど、完全にマスターしてから、という準備にとらわれていては、少しも前に進みません。ものごとは準備不足ではじめてもいいのだと、スリランカ仏教のえらいお坊さま、アルポムッレ・スマナサーラも寛容におっしゃっています。古典芸能は絶対間違えてはいけないというこの「権威主義」が若い人たちになんともいえない威圧感を与え、古典芸能からますます遠ざかるという悪循環に陥ってしまってるように思います。間違えても、デコボコでもいいから、古典芸能に関心をもとうではありませんか。私も知識もほとんどなくて、経験もただ見てただけという頼りないところからはじめました。それでもがむしゃらに書いてみたのは、古典芸能欠落世代でも日本の情緒とか、古典芸能の必要性を痛切に感じるからです。(中略)奥が深い古典芸能を完璧に理解するのには時間がかかることですが、とりあえず興味をもつこと。

新日本プロレスオーナー(現ブシロード代表取締役会長)の木谷高明氏の名言「すべてのジャンルはマニアが潰す」を思い出す。学校の授業も同じである。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と、つねに初心者、初学者の視点を共有していきたい。

 

『解体ユーゴスラビア』

山崎佳代子『解体ユーゴスラビア』(朝日新聞社 1993)を少しだけ読む。
著者は1979年にユーゴスラビア(当時)に留学し、ユーゴスラビア文学を学び、その後もセルビアのベオグラードで生活する研究者である。その著者がユーゴスラビアの紛争を現地で暮らす人々の手紙や日記で綴っていく。

ユーゴスラビアは国土面積は日本の3分の2ほど、バルカン半島の西半に位置する南スラブ系の多い民族連邦国家であった。ちょうどローマカトリックとビザンチン帝国・コンスタンティノープルの中間にあり、カトリックと正教会の勢力がクロスする。また、オスマントルコの支配下にあったため、イスラム教信者も多い。

こうした歴史的背景があり、ユーゴスラビア時代から国境を無視して民族や宗教が入り混っていた。そこへ1991年にクロアチアとスロベニアが独立を宣言するところからユーゴスラビアの解体が始まっていく。

ざっくりまとめると、イタリアと国境を接しているスロベニアとクロアチアがまずドイツから承認をもらって一方的に独立を宣言する。この時、連邦維持を主張したのがセルビアとモンテネグロである。ボスニア・ヘルツェゴビナは中立であった。その隙を狙ってこっそりマケドニア(現北マケドニア)が独立をしてしまう。面倒だったのが、ボスニア・ヘルツェゴビナである。セルビア人とクロアチア人とイスラム教のボシュニャク人の3つの民族が混在しており、対立が表面化する。今でも国内はクロアチア人とボシュニャク人のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦と、セルビア人のスカルプスカ共和国の2つの構成体からなる連邦国家である。
そうこうしているうちに、モンテネグロが選挙でセルビアとの連合から抜けて独立を果たす。最後に、セルビア内にあったアルバニア系のイスラム教徒のコソボ自治州がセルビアとの戦争を経て独立していく。

『マンモスをたずねて』

井尻正二『マンモスをたずねて:科学者の夢』(ちくま少年図書館 1970)を読む。
これまたさくっと読み流すつもりだったが、かなり読み込んでしまった。シベリアで永久凍土から発見されたマンモスの骨の発掘調査の詳細や、自身も関わった北海道の白滝の旧石器時代の住居や野尻湖のナウマン象の化石の調査など、科学者ならではの活動の面白さを語る。
ちなみにナウマン象は日本を含む現在の温帯地域に生息し、マンモスは亜寒帯地域に生息していたが、進化的にはいとこ同士のような関係である。

北アルプスの穂高岳や南アルプスの仙丈岳、日高山脈の幌尻岳などのカール(圏谷)は、かつて日本に万年雪の山岳氷河があったことを示している。現在に日本では、降る雪の方が溶ける雪よりも多い雪線が標高4,300メートルを超えないといけないため、冬季にどんなに雪が降り積もっても万年雪とはならない。ところが、年平均が8〜10度も下がる氷期には、日本アルプスで雪線が2,700〜2,400メートル、日高山脈では1,600〜1,300メートルのところにあったという計算が成立しているので、現在カールが残っている理屈の説明になる。

また、陸地の周縁にはほとんど傾斜の無い水深200メートル程度の大陸棚がある。この大陸棚は氷期には陸地だったところで、波の動きで海岸が侵食されたものだと考えられている。ちょうど今から2万年前が第4氷期の一番寒い時期にあたり、海水面が一番下がっていたので、中〜高緯度の島は陸地続きとなり、旧石器時代のクロマニョン人やマンモス、ナウマン象なども移動したと想定される。

それにしても1970年刊行なので、ロシアの都市名がサンクトペテルブルクではなくレニングラードとなっているのが、昭和のレトロ感を誘う。