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『アスリートたちの英語トレーニング術』

岡田圭子・野村隆宏『アスリートたちの英語トレーニング術』(岩波ジュニア新書 2011)を読む。
水泳の鈴木大地さん、マラソンの増田明美さん、ラグビーの箕内拓郎さん、マラソンの瀬古利彦さん、レスリングの太田章さんの5人のアスリートの選手時代の活躍と海外に練習の拠点を移した際の英語の学習法が紹介されている。英文法の説明などは一切なく、スポーツ選手という英語の勉強とはあまり縁のない人たちを取り上げ、スポーツよろしく体当たりで英語を身につけていく様子が紹介されている。

スポーツと英語という食べ合わせのよくない組み合わせで、ピントが絞りきれていないが、軽く読める内容だった。その中で、瀬古利彦さんが早稲田大学教育学部体育学科に浪人して入学しているということを初めて知った。早大競走部から「合格間違いなし」と言われ受験したところ、不合格だったそうだ。しかし、夢を諦めきれず、日本陸連の若手育成制度を活用して、アメリカの南カリフォルニア大学で英語の勉強をしながら、日本の大学入試の勉強と陸上を両立させるというプランである。挫折も味わいながら、見事に次の年に早稲田に合格したという話である。

『日本商業史』

藤田貞一郎・宮本又郎・長谷川彰『日本商業史』(有斐閣新書 1978)を手に取ってみた。
生産者と消費者を結ぶ商業が、江戸時代にどのように発展し、明治に引き継がれていったのかを分析している。問屋の発展や米の流通、貨幣に始まり、渋沢栄一や五代友厚など、日本史の教科書のようだった。

『狂言を楽しむ』

小林責『狂言を楽しむ』(平凡社カラー新書 1976)を読む。
狂言というと庶民が楽しむものであり、同じ能楽堂を共有する能よりも一段下に位置付けられがちである。著者は能と狂言の違いについて次のように説明している。

非常に性格の違う兄弟で、狂言が兄、能が弟。そして、協力して能楽という一家を支えているのです。

つまり、能と狂言は対等な芸術であり、悲劇の能に対し、喜劇の狂言で表裏一体のものだと述べている。

『スポーツの記録』

前田新生『スポーツの記録:陸上水泳男女72種目』(岩波ジュニア新書 1983)をパラパラと読む。
ロサンゼルス五輪の前に刊行された本で、瀬古利彦選手や増田明美選手などの懐かしい名前が登場する。
まだ女性のスポーツが普及途上の段階だったので、「日本では珍しい”奥様選手”」という紹介もされている。また競技もハンマー投げや棒高跳び、三段跳びなどは当時男子しか実施されていない。5000mや10000mも女子競技が始まって当時で20年くらいということであった。