日別アーカイブ: 2018年12月6日

『石原莞爾』

佐高信『石原莞爾:その虚飾』(講談社文庫 2003)を読む。
平岡正明氏が日本近代史上稀な「武装せる右翼革命家」と規定する一方で、「成人した風の又三郎」などと評しているように、「天才とバカは紙一重」を地で行くような人物であったようだ。

石原莞爾から少しずれるが、リベラルなジャーナリストの石橋湛山は、自らの拠る『東洋経済新報』の1921年7月30日号に「大日本主義の幻想」と題して以下のような文章を寄せている。当時石橋氏は36歳である。

 政治家も軍人も新聞記者も異口同音に、我が軍備は決して他国を侵略する目的ではないという。勿論そうあらねばならぬはずである。吾輩もまたさらに、我が軍備は他国を侵略する目的で蓄えられておろうとは思わない。しかしながら吾輩の常にこの点において疑問とするのは、既に他国を侵略する目的でないとすれば、他国から侵略せらるる虞れのない限り、我が国は軍備を整うる必要はないはずだが、一体何国から我が国は侵略せらるる虞れがあるのかということである。前にはこれは露国だというた。今はこれを米国にしておるらしい。果たしてしからば、吾輩は更に尋ねたい。米国にせよ、他の国にせよ、もし我が国を侵略するとせば、どこを取ろうとするのかと。思うにこれに対して何人も、彼らが我が日本の本土を奪いに来ると答えはしまい。日本の本土の如きは、ただ遣るというても、誰も貰い手はないであろう。さればもし米国なり、あるいはその他の国なりが、我が国を侵略する虞れがあるとすれば、それはけだし我が海外領土に対してであろう。否、これらの土地さえも、実は、余り問題にはならぬのであって、戦争勃発の危険の最も多いのは、むしろ支那またはシベリヤである。我が国が支那またはシベリヤに勢力を張ろうとする、彼がこれをそうさせまいとする。ここに戦争が起れば、起る。而してその結果、我が海外領土や本土も、敵軍に襲わるる危険が起る。さればもし我が国にして支那またはシベリヤを我が縄張りとしようとする野を棄つるならば、満州・台湾・朝鮮・樺太等も入用でないという態度に出づるならば、戦争は絶対に起らない。従って我が国が他国から侵さるるということも決してない。論者は、これらの土地をかくして置き、もしくはかくせんとすればこそ、国防の必要が起るのである。それらは軍備を必要とする原因であって、軍備の必要から起った結果ではない。

さらに石橋氏は次のように語る。

 もし朝鮮・台湾を日本が棄つるとすれば、日本に代って、これらの国を朝鮮人から、もしくは台湾人から奪い得る国は決してない。日本に武力があったればこそ、支那は列強の分割を免れ、極東は平和を維持したのであると人はいう。過去においては、あるいはさような関係もあったかも知れぬ。しかし今はかえってこれに反する。日本に武力あり、極東を我が物顔に振舞い、支那に対して野心を包蔵するらしく見ゆるので、列強も負けてはいられずと、しきりに支那ないし極東を窺うのである。

石橋湛山の文章は初めて読んだが、畳みかけるような文体に勢いがある。今現在、新聞に掲載されても、十分通用するような内容である。

後半、佐高信氏ならではの鋭い指摘がなされる。

 1932(昭和7)年3月6日、満州国執政の溥儀は関東軍司令官の本庄繁に書簡を出す。といっても日本側が書いて溥儀に署名させたものだったが、これは同年9月15日に締結された「日満議定書」の付属文書とされ、戦後になるまで秘密とされた。
山室信一の『キメラ-満州国の肖像』によれば、俗に「溥儀・本庄秘密協定」と称される溥儀書簡は次の4項目にわたる。

  1. 満州国は、国防および治安維持を日本に委託し、その経費は満州国が負担する。
  2. 満州国は、日本軍隊が国防上必要とする鉄道・港湾・水路・航空等の管理および新路敷設・開設を日本または日本が指定する機関に委託する。
  3. 満州国は日本軍隊が必要とする各種の施設に極力援助する。
  4. 達識名望ある日本人を満州国参議に任じ、またその他の中央・地方の官署にも日本人を任用し、その選任・解職には関東軍司令官の推薦・同意を要件とする。

「満州国」を日本に「日本および日本軍」をアメリカおよび米軍に置き換えれば、そのまま今度の新ガイドラインではないか。例えば(1)は「日本は、国防および治安維持をアメリカに委託し、その経費は日本が負担する」となるし、(3)は「日本は米軍が必要とする各種の施設を極力援助する」となる。
賢しげに国際政治の力学とやらを持ち出して米軍基地の撤去は非現実的と主張する「達識名望ある日本人」もいるが、フィリピンはアジア最大といわれた駐留米軍のクラーク空軍基地とスービック海軍基地を閉鎖した。
そのフィリピン大学教授のマリーン・マガローナは、被爆国の日本がアメリカの核抑止力を肯定するガイドラインをそのまま受け入れようとしているのは信じられないと批判し、国際社会に誓った平和憲法を踏みにじる約束違反と慨嘆している。
ガイドラインは、日本がつくったカイライ国家の満州に日本自身がなることであり、小渕恵三の溥儀化である。

 

「テロを助長する不公正」

本日の東京新聞朝刊に、論絶委員の青木睦氏のタジキスタンの政治・外交に関するコラムが掲載されていた。アフガニスタンの北隣に位置するタジキスタンでは、過激派組織「イスラム国」(IS)の活動が活発で、アフガニスタンからタジキスタンを経て中央アジア全域に脅威が及んでいる。そうした「過激主義は貧困や体制側の専横、腐敗という社会的不公正を土壌にしてはびこる」ものである。タジキスタンは人口は900万人足らずで、国土は日本の4割という小国である。インフラ整備が遅れ、世界食糧計画(WFP)によると、一日1.33ドル未満で暮らす人が半数近くに達する。旧ソ連圏の中で最貧国であり、多くのタジク人がロシアに出稼ぎに出かけている。国民総所得でもアジア全体でアフガニスタン、ネパール、カンボジアに次ぐ第4位の少なさである。
20年以上も大統領の座にあるラフモン氏への権力集中が進み、抑圧的な統治が続き、腐敗を始め長期政権の弊害も目立っている。青木氏が「民生の向上はテロ根絶につながる」と述べるように、日本から距離以上に心理的に遠いタジキスタンの政治に着目していきたい。