北野武『超思考』(幻冬舎 2011)を読む。
著者も述べるように、斜め上から社会や芸能界、日本人に批判を加えている。
芸能人本なので、著者本人の意見なのか構成作家の意図なのかはよく分からない。ただ、映画でも芸能でも周囲の真似をして二番煎じはしたくないというメッセージは伝わってきた。
月別アーカイブ: 2018年12月
『ロード自転車のABC』
斉藤ケン・森幸春『ロード自転車のABC』(スキージャーナル 1998)を読む。
バイクの買い方から、セットアップ、メンテナンスまで、写真入りで分かりやすく説明されている。特に転倒した際は、ハンドルを放さず、膝・太腿・腰・腕・肩全体の大きな面積で着地するという写真入りの解説は参考になった。2ヶ所以上で着地すれば擦過傷か打ち身で済むはずということである。一方、転倒で手をついてしまうと、指をバキバキ骨折したり肘を脱臼するなどの大きな怪我に繋がってしまう。
忘年会
昨日は、自転車仲間との忘年会だった。
3次会まで参加し、十数年ぶりに朝までカラオケコースを堪能した。
『昭和史がわかる55のポイント』
保阪正康『昭和史がわかる55のポイント』(PHP文庫 2001)を読む。
1988年に刊行された『昭和史を読む50のポイント』に加筆・修正が加えられたものである。
昭和を象徴する戦争や事件を追うことで、昭和のポイントを概観できる流れになっている。文章も分かりやすく、歴史的事実を押さえるのにちょうど良い内容であった。
ただし、特定の読者をターゲットにしたのか、社会党を揶揄したり、全共闘運動を低レベルだと結論づけたりして溜飲を下げるところが随所に見られる。著者は歴史に謙虚であれと大上段に構えるが、昭和というわずか60年余りの時間枠の中で歴史的事象を総括することの危うさにも謙虚であってほしい。
『神武天皇vs.卑弥呼』
関裕二『神武天皇vs.卑弥呼』(新潮新書 2018)を読む。
著者は歴史作家であり、学者ではないので、学会で正式に歴史学の成果として発表された作品ではない。多分に謎解き要素のミステリー仕立てとなっている。
初代神武天皇と第10代の崇神天皇は同時代の人物であり、神武天皇はヤマト地方で流行った疫病を鎮めるために九州から連れてこられた人物で、第15代の応神天皇と同一人物であるとの大胆な仮設に従って論が進んでいく。そして、応神(神武)天皇の母である神功皇后は、なんと邪馬台国の女王・台与であり、ヤマトから九州に派遣されて邪馬台国(福岡県山門郡・現みやま市)の卑弥呼を討ち取って王位に就いたとする。しかし、王位に就いた神功皇后(台与)であるが、魏の滅亡とともに「親魏倭王」の権威も意義も無くなり、ヤマト政権から裏切られることになる。そこで神功皇后は、奴国の海人の末裔である安曇氏一族とともに、南九州(宮崎県日向市)に逃れることになる。これが天上界から日向の高千穂に舞い降りた邇邇藝命(ににぎのみこと)の天孫降臨神話になったと著者は推測する。
崇神天皇の頃に疫病で人口が半減する事態に見舞われ、三輪山の大物主神を連れて祀らせればよいとの神託があったので、疫病を台与の祟りと信じたヤマト政権は、台与の末裔をヤマトに呼び寄せ祭祀王に仕立てたという話が、日本書紀では神武天皇の東征として脚色されている。当時のヤマト政権の中心は奈良県桜井市巻向にある箸墓古墳周辺であったが、疫病を鎮める「鬼」である神武天皇は、そこから数キロ離れた橿原宮で生活したとのことである。
本書だけ読んでいると辻褄が合っている気がするが、あまりにもきれいに出来すぎていて不安になってしまう面も否定できない。崇神天皇自体が日本書紀では120歳、古事記では168歳まで生きたとされる人物である。応神天皇は4世紀末から5世紀初頭にかけて実在した可能性の高い天皇と見られ、「日本書紀」によると5世紀末から6世紀初頭の第26代継体天皇の5代前の先祖だとの記述がある。
果たして真相はいかに。
PS. ウィキペディアより転載
ギネス世界記録では、神武天皇の伝承を元に、日本の皇室を「世界最古の王朝」としているが、発行物には「現実的には4世紀」と記載している。