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『のぼうの城』

第139回直木賞(2008年上半期)ノミネート、2009年の第6回本屋大賞第2位、和田竜『のぼうの城』(小学館 2007)を読む。
前半少しだけ読んで、あまり乗り気になれなかったのでうっちゃっていた本である。先日忍城を尋ねたので、もう一度手に取ってみた。半分ほど読んだ所、忍城側の抵抗が始まった場面から、もう止まらなくなり最後まで一気読みだった。宣伝文句に「ハリウッド映画の爽快感!」とあったが、後半から城に籠もった士族や百姓だけでなく、読者も含めて危険な賭けに出る城代長親に惚れていく。フィンクションなのだが、石田三成のイメージがガラリと変わった。

また、石田三成が水攻めを提案した際の大谷吉継のセリフが印象に残る。

治部少(三成)、何ゆえの水攻めだ。水攻めなど、合力の諸将が手柄を立てる機会がなくなるではないか。おのれは総大将なのだぞ。部将の心を獲らずしてなんとする

武士にとって、近世以前の合戦はルールに則って戦功を挙げ、分かりやすい形で記録に残し、恩賞を勝ち取る真剣勝負の仕事の現場だと改めて理解した。

『地名で読むヨーロッパ』

梅田修『地名で読むヨーロッパ』(講談社現代新書 2002)をパラパラと読む。
著者は執筆当時流通科学大学情報学部教授を務めており、英語学の専門家である。ギリシア語やラテン語に起源を持つ言葉が、人の移動と軌を一にして欧州全域に広まっていく点について詳細に語る。但し、あまりに細かすぎて読む気力は萎えてしまった。いくつか気になった点を拾っておきたい。

ギリシア神話では、はじめに全ての要素を含んだガスのようなものが渦巻く混沌カオス(Chaos)があった。次にカオスが一人で神々の御座である大地ガイア(Gaia)を産み、そのガイアは、天の神ウラノス(Uranus)を産むと、ガイアとウラノスが結ばれ、大洋オケアノス(Oceanus)をはじめ、次々と自然が形となって誕生する。
Gaiaは母なる大地であり、女性名詞である。そのため大陸名も女性名詞が使われている。エルローパ(Europe)、アシア(Asia)、メソポタミア(Mesopotamia)や、また、ラテン語のガッリア(Galia)、ブリタンニア(Britannia)、ゲルマニア(Germania)など、女性名詞の特徴である”−a”や、”−ia”が付いている。

Atlantic(大西洋)は、アフリカ北西部のAtlas(アトラス)山脈から派生した地名である。神話の世界でAtlasはオリンポスの神々に敵対したとして、西の果てで永久に天を支える罰を受ける。大航海時代に入ると地球が球体であると実際に証明されたので、航海図を完成させたメルカトルの死後、息子が父の完成した地図をAtlasと名付けた。

キプロス島は、フェニキア人が最も早く植民地を開いた所で、紀元前3000年ごろの遺跡さえ確認されている。地名キプロス(Cyprus)はギリシャ語Kypros(銅)に由来するもので、このギリシャ語は英語Copperの語源ともなっている。現在でもキプロス島では銅が産出されている。

ギリシャ人が特に欲しがったのは錫でした。銅に10%の錫を混ぜると青銅ができます。

『科学の目 科学のこころ』

長谷川眞理子『科学の目 科学のこころ』(岩波新書 1999)を読む。
ダーウィンについて少し書いてあったので手に取ってみた。著者は動物の行動生態学を専門としており、現在は総合研究大学院大学学長を務めている。執筆当時は専修大学法学部で一般教養科目を担当しており、本書も文系の学生向けに、生物学を中心に分かりやすい科学の入門エッセーとなっている。

米ソの軍拡競争から生物同士の競争について展開するくだりが面白かった。具体例に挙げられていたカッコウという鳥は、自分でヒナの世話をせず、ウグイスなどの多種の鳥の巣に卵を産み込み、その種に世話を任せる。そんなものを引き受けさせられたほうは困ったものなので、カッコウを追い払う。そこで、カッコウは、非常に巧妙に卵を産み込む手段を開発する。まず、宿主の鳥のいないときを見計らって、その鳥の卵を一つ放り出し、そこへ自分の卵をあっという間に産み付けるのである。

宿主の鳥の方も騙されてばかりではなく、カッコウの卵を見分けて放り出すこともある。しかし、カッコウの方もそれに対応して宿主の卵と酷似した卵を産むようになる。挙げ句の果てには生まれたカッコウのヒナの鳴き声も宿主の本来のヒナの一腹分、すなわち5羽か6羽の全部が一斉に餌ねだりをしている声にそっくりなのである。

『ニュースの“なぜ?”は世界史に学べ』

茂木誠『ニュースの“なぜ?”は世界史に学べ:日本人が知らない100の疑問』(ソフトバンク新書 2015)を読む。
著者は駿台予備学校世界史科講師を努めながら、他の予備校のネット授業やユーチューブでも授業を配信しており、近年はテレビ出演でも知られている。

ウクライナ紛争に始まり、EUや中東、米国、中国に関するニュースについて、日本人には分かりにくい宗教や民族に関する近現代史を踏まえて分かりやすく解説を加える。特にロシアや中東については、入り混じった宗教や領土について、予備校の授業のように説明されており、大変勉強になった。

一方、中国や米国については、チャート式で分かりやすくまとめてあるのだが、あまりに単純明快過ぎて、却って疑問符が湧いてしまった。大国がそこまで著者の原理原則通りに政治が動いていくのだろうか?

後半はいささか、安倍政権を擁護するような姿勢が目立ち、前半の感動が薄れてしまった。

『聖母マリア伝承』

中丸明『聖母マリア伝承』(文春新書 1999)をざっと読む。
著者はスペインに関するエッセーや評論を数多く出版している人物で、冷静な立場でキリスト教の聖母マリアに関する伝説やヨーロッパでの受け止め方について論じている。

キリスト教徒ではない者にとって、マリアという存在は三位一体の一角をなすとはいえ、イエスの母というだけで、マイナーな存在である。イエスをウルトラマンに例えるなら、マリアはほとんど物語に登場しないウルトラの母という立場でしかない。

しかし、プロテスタントが「聖母マリア」を認めない一方、ギリシア正教会では聖母マリアを中心に据えたイコンを崇敬するなど、キリスト教界でも論争がある。現在ではマリア論争はキリがないので、棚上げされているようである。

本論からは離れてしまうが、気になったこぼれ話を拾っておきたい。

オーストリアの女帝マリア・テレジアは、ひと腹で16人の子どもを産んでいるが、末娘がかのマリー・アントワネットである。執務に疲れた女帝が「ヨッコラショ」と肘掛け椅子にもたれたその途端、「ドッコイショ」っと椅子の上にマリーがころがり出てきたというエピソードは、あまりにも有名だ。

地中海のマルタ島は、使徒パウロが布教の途上、ローマの官憲に捕えられてローマへ護送される途中、嵐のために難破して、二週間の漂流ののち打ち上げられた島だが、パウロはここで三ヶ月牢屋に入れられ、その間ずっと祈りつづけた。このため、マルタ島はキリスト教徒の聖地になっている。

人間第一号なる者は、アダン(土塊)をこねくりまわして製造されたことから、「アダム」と命名された。(中略)こうして造られたイヴ(エバ)は、「いのち」というほどの意味である。

スペインは闘牛を国技とする国だが、リングをどよめかす「オーレ!」ole!という掛け声は、アラーAlaが転じたものである。