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『ぼくたちのアニメ史』

辻真先『ぼくたちのアニメ史』(岩波ジュニア新書 2008)を読む。
著者はテレビアニメ黎明期の脚本家であり、「エイトマン」「鉄腕アトム」「おばけのQ太郎」に始まり、「ジャングル大帝」「巨人の星」「ゲゲゲの鬼太郎」「アタックNo. 1」「デビルマン」「勇者ライディーン」「ドラえもん」「Dr.スランプ あられちゃん」「うる星やつら」「パタリロ!」など、1960年代から80年代にかけてヒットした多くのアニメを手がけている。
この本が書かれたのは2008年であるが、最後に次世代を担うアニメーターとして新海誠氏を大々的に取り上げている。著者の慧眼の鋭さが伺われる。

これで終わろうと思ったが、(中略)アニメ史として欠かせない大きな欠落だけは、埋めておかねばなるまい。テレビ公開でもメジャーな劇場封切りでもないので、ぼんやりとしていたのだが、『ほしのこえ』(2002年)だ。新海誠というゲーム会社に勤務していた若い作者が、たったひとりで作り上げたフルデジタルアニメーション。公開以前からネットで大歓迎を受けていたこの25分は、珠玉の小品というべきか。アートアニメとエンタテイメントアニメを総合したようなーデジタルであってもセルアニメのの温かみを湛えーSFに未知の人の胸にも滲み込んでゆくSFである。大勢が寄ってたかって作る商業アニメ、という常識をひっくりかえして、アートアニメ同様の作家性を発揮、シナリオから監督まで、現実に夢幻の光を重ね合わせた背景美術までが、新海の手になるものであった。(中略)それにしてもこの人の手にかかると、田舎も都会も空も海もロケットも、なんでもかんでも美しい。いつかこの監督も自分が描く美しさに倦むときがきて、新しい挑戦をこころみるのだろうか。(中略)現時点で新海誠ん名を書きとどめることは、『アニメ史』の義務だと思う。

『アニメが世界をつなぐ』

鈴木伸一『アニメが世界をつなぐ』(岩波ジュニア新書 2008)を読む。
藤子不二雄の漫画に登場するラーメン好きの小池さんのモデルとなった人物である。トキワ荘で石ノ森章太郎や赤塚不二夫、つのだじろうなど錚々たる面々と青春時代を過ごした著書が、テレビ漫画アニメ立ち上げのドタバタを語る。

『昭和30〜40年代生まれはなぜ自殺に向かうのか』

小田切陽一『昭和30〜40年代生まれはなぜ自殺に向かうのか』(講談社+α新書 2011)を読む。
著者は公衆衛生学を専門としており、統計学の手法を用いて自殺と地域別特性や経済との相関関係を明らかにしようとしているのだが、経済が悪化すれば自殺が増える、高齢者の多い地方ほど自殺率が高くなるといった当たり前の結論しか用意されておらず、あまり面白いものではなかった。企画倒れといった内容だ。

(前略)フランスの社会学者であるエミール・デュルケームの『自殺論』を引用して、この世代の自殺特徴を「アノミー的自殺」と解説しています。
アノミー的自殺とは、戦後の動乱期から脱し始めた急激な社会変化の時期に、社会的規制を失い、より多くの自由が獲得された結果、その自由に対応しきれずに自殺してしまうというものです。

『人妻浪漫』

牧村僚『人妻浪漫』(双葉文庫 2006)をパラパラと読む。
ホームページに連載された作品で、毎回同じようなシチュエーションとエロス場面が繰り返されるので、興奮するというよりも、ゲンナリしてしまった。

『ケータイ小説がウケる理由』

吉田悟美一『ケータイ小説がウケる理由』(マイコミ新書 2008)を読む。
タイトルそのまま、当時流行っていたケータイ小説が需要される理由について分かりやすく説明されている。
特に、それまでの小説と異なるモバイルネットワークを用いた「共有」感覚について、作者・読者・サイト運営者の3者の視点から丁寧に解説を加えている。

読者は物語の世界観に入りながら、作者を応援し、朱印校に自分を投影し、共感していくのです。作者と読者は少しずつ、共感レベルを上げながら、ゴールに向かって、作り上げていく感覚になるでしょう。作品が完成したときには、共同作業を終えたことになるのです。完成した作品は、作者だけのものではなく、共有する作品となっています。