投稿者「heavysnow」のアーカイブ

障害者雇用率

9月9日付けの東京新聞の埼玉版に障害者雇用率を向上させようと、埼玉県が外食産業の顕彰を始めたとの記事が載っていた。埼玉県の民間企業の障害者雇用率は法律で定められた1.8%を下回る1.41%であり、全国平均1.49%すら下回っており、就職先が見つからない就職希望の障害者が七千人にものぼる。上田知事は「関係機関がより一層連携した障害者雇用サポートセンター(仮称)の設置も検討していく」と述べ、障害者雇用の改善に向けた施策の検討をしているという。
しかし、まずは民間企業に雇用の促進を促す前に、自らの襟を正すべきではないか。埼玉県の機関の障害者雇用率は法定雇用率2.1%を上回る2.78%であるが、県内市町村は最低基準ぎりぎりの2.1%である。さらに、県教育委員会に至っては、2.0%の法定雇用率を大きく下回る1.10%である。教員免許制度の壁により、教育委員会自体の障害者雇用率は全国的に見ても低い。しかし全国の教育委員会の障害者雇用率の平均は1.39%であり、それに比べても埼玉県は改善の余地が多いにある。「無駄」な教職員を減らして、ノーマライゼーションをすすめていくための提言をしていきたいと思う。

『プロ野球「人生の選択」』

二宮清純『プロ野球「人生の選択」』(廣済堂 2003)を読む。
中学高校で部活動の一環として行なわれる野球とは全くの別競技といってもよい職業野球の世界。かといって一般の職業とは全く別の労働観が支配するプロスポーツの世界。また、バスケットボールやバレーボール、その他諸々のプロスポーツとは比べるまでもないほど高い注目を浴び続けるプロ野球の世界を、選手、監督、バッター、投手、そして移籍や引退、大リーグ、巨人軍という様々な視点から明らかにする。
野球はレギュラーの一人ひとりにポジションと打順が与えられ、チームというグループの中で、個人個人が自己覚知を踏まえて、技術と能力を伸ばしていくシステマチックな競技である。たしかに、野球は状況状況での的確な判断、構成員同士の言語・非言語コミュニケーション、チーム力と個人力の連携など、社会福祉で必須とされるキーワードが数多く用いられる珍しい競技である。

『ゲド戦記』

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大学の帰りにさいたま新都心で『ゲド戦記』(東宝 2006)を観に行った。
冒頭にドラゴンが雲間を切り裂いて登場し、続いて、世界支配をたくらむ魔法使いのボスや、剣を片手に旅を続ける少年が現れるなど、少し昔のファイナルファンタジーやドラゴンクエストなどのRPGゲームの映画版を観ている気分であった。途中効果音の効いた戦闘シーンや感動的な出会い、運命的な別れの場面も挿入され、話の展開もRPGゲームそのものである。また「風の谷のナウシカ」を彷彿させるところも多く、古き良き宮崎アニメの趣が漂う。最後は魔法使いのボスを倒してハッピーエンドを迎えるのだが、まさに予想通りの展開で、かえって安心して観ることができたように思う。

□ 映画『ゲド戦記』オフィシャルサイト □

『負け犬の遠吠え』

酒井順子『負け犬の遠吠え』(講談社 2003)を読む。
男は仕事、女は結婚・育児という保守的な人生観がここ10年くらい息を吹き返しつつある。「30代、独身、子どもなし」という「負け犬」人生を歩むことになった30代後半の女性の悲哀を諧謔交えて描く。
話を読み進めながら、「負け犬」の30代後半女性は、就職氷河期で正採用のチャンスを逃し、派遣やアルバイト生活を続ける20代後半から30代にかけての「ニート」に大変近いと思った。どちらも80年代後半のトレンディドラマに出てくるような派手な恋愛やサラリーマン、OLの仕事姿に憧れ、理想と現実のギャップを受け入れることができないでいる。どちらも人事担当や上司からの仕事や人柄の評価、また独身男性からの容姿やかわいさの評価を得ることができない。そして、そうした一面的な評価を人格そのものの否定と受け取ってしまい自身を失いかけている。
しかし、そうした一部の評価を過大に受け取ってしまう「負け犬」の捉え方の背景に、日本の社会のせちがらさ、また多様な視点で受け入れてもらう経験の場が少ない日本の教育の貧困さが伺える。著者自身が教育やマスコミが作り上げた一面的な格差のカラクリに気付き、開き直って執筆していることに、読者は救われる。

金井先生の講義

今日のスクーリングの授業の一つは、日本でナイチンゲール思想を現場に活かすための研究をしている金井先生の講義であった。
ナイチンゲールは子ども向けの伝記などを読むと、「白衣の天使」と心優しい看護師の母ぐらいにしか考えられていないが、実際は社会学的アプローチによる貧困層や福祉の調査や看護理論の研究に後半生を費やした人である。金井先生はそのナイチンゲールの思想に着目し、看護をベースに介護の理論を土台として、個々の利用者を看るための方法論を構築しようとしている。その詳細は「KOMI理論」としてまとめられている。介護職の人たちにもかなりの専門性を求めるものであり、介護職の自立に向けた一つのありようとして注目していきたい。