清水ちなみ『大出産。』(扶桑社 1996)を読む。
第一子出産時23歳〜33歳の30人近い女性による出産体験記である。出産にまつわる感動話ではなく、まさに子どもを子宮から産道を通して外界へ排出するまでの産む行為そのものの体験話である。陣痛や帝王切開の痛さだけでなく、病院や夫、姑に対する赤裸々な愚痴が小気味よくぶちかまされている。自分以外の全てに対する怒りやこらえきれない痛みの結果、新しい生命は生まれてくるのだと考えると考えさせる本である。
箱庭療法研修
本日社事大の現場実習先で、箱庭療法の研修に参加した。
箱庭療法とはユング派セラピストのカルフがローウェンフェルトの世界技法をもとにして考案した心理療法で、砂の入った箱庭に人形や動物、昆虫や乗り物、建物、立ち木、怪獣などのミニチュアを自由に並べることで、心理分析ができるという冗談みたいな療法である。河合隼雄が1965年に紹介し、日本の心理療法の有力な技法の1つともなっている。
10人グループの最後に一巡目が回ってきた私は、前の人が人形やら家やら橋を並べているのを無性に吹き飛ばしてしまいたいという衝動に駆られ、キングギドラを箱の枠の上に置いた。二巡目、三巡目は時計を見ている人形と楽器を演奏している人形を、何もない空間に置くのは不安だったため、それぞれ大きな家の近くに置いた。その過程においては、他人のミニチュアには全く気を留めていない。
箱庭療法の読解にあたっては、作品全体をまとまりとして捉え、流れを重んじ、テーマとドラマ性を読み取ることが大切である。この解釈法に拠って自己分析するに、私にはどうやら物事を高所から見下ろす傾向があるようだ。また、他者の活動から一歩引きつつも他人の行動を十把一からげに捉える性向の持ち主である。しかも、周囲の行動に良くも悪くも影響されず、我が道を行く人物のようだ。また、常に何かしらの活動していたいという貧乏根性の持ち主である。孤独を好む性格というと必ずしもそうではなく、常に家(拠り所)の周囲から離れず、いつでも元の位置に戻れる距離を取ってしまう不安感を抱えながら日々生活を送っている。はたしてどうだろうか。
『キヤノン特許部隊』
丸島儀一『キヤノン特許部隊』(光文社新書 2002)を読む。
戦前カメラ専業メーカーであったキヤノンが、特許権をうまく活用することで、複写機やプリンターを世界戦略製品に育てあげた経緯が語られる。そのキヤノンの特許を一手に担当し、日本最強の特許マンとも称された著者が、企業の特許戦略に止まらず、大学改革や司法改革にまで踏み込んで、「国益」として特許のあり方を語る。
特許というと、自社の優れた技術を保護したり、また、独占的な市場を形成や特許技術の商品化など、白黒はっきりしたものだと思っていた。しかし、一つの製品の中にも複数の企業の多数の特許が入り込む現在では、同業の他企業とクロスライセンス(相互実施権)を結ぶケースが多い。そこで他社に譲りたくない自社の特許は保護しつつ、他社の欲しい特許をなるべく安く手に入れる交渉テクニックが求められる。そうした将棋やチェスのような特許の攻防戦略を仕掛けていくところにこそ、特許担当の醍醐味があると著者は語る。
〈法学〉
社事大のレポートで、非嫡出子の相続分が嫡出子の2分の1とされている民法900条4号但書前段について色々と調べてみた。わずか1行の法文であるが、その合憲性を巡って、当事者のみならず、引いては日本人全体の家族観が問われる興味深い事例である。
95年7月の最高裁において、民法900条4号の但書前段の合憲性に対する判決が下された。多数意見は「現行民法は法律婚主義を採用しているのであるから、本件規定の立法理由にも合理的な根拠がある」として合憲とした。但し、15人の裁判官中、5人が反対意見を述べ、賛成意見中4人の裁判官が立法による解決が望ましいとする補足意見を述べ、裁判官の間でも意見は分かれた。
2003年3月28日の最高裁でもこの件が争われ、5人の裁判官のうち、3名が合憲、2名が違憲の反対意見であった。違憲判断を述べた梶谷・滝井両裁判官は「今日国際化が進み、価値観が多様化して家族の生活の態様も一様でなく、それに応じて両親と子供との関係も様々な変容を受けている状況の下においては、親が婚姻という外形を採ったかどうかというその子自らの力によって決することのできない事情によってその相続分に差異を設けることに格別の合理性を見いだすことは一段と困難となっているのである」とした。更に同年2回の最高裁判決で争われたが、いずれも違憲立法審査権の示唆や反対意見を付記しつつも合憲の判決を下している。
翌2004年10月の最高裁でもこの件が争われ、5人の裁判官の内、2名が反対意見を述べた。反対意見を展開した才口裁判官は次のように述べる。「憲法13条、14条1項は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない旨を規定している。このような憲法の規定に照らすと、憲法は、相続に関する法制度としては、子である以上、男女長幼の別なく、均等に財産を相続することを要求しているものというべきであり、子の社会的身分等を理由として、その法的扱いに区別を設けることは、十分な合理的根拠が存しない限り許されないと解するのが相当である。非嫡出子であることは、自分の意思ではどうにもならない出生により取得する社会的身分である。嫡出子と非嫡出子とを区別し、非嫡出子であることを理由にその相続分を嫡出子のそれの2分の1とすることは、その立法目的が、法律婚の尊重、保護という、それ自体正当なものであるとしても、その目的を実現するための手段として、上記の区別を設けること及び上記数値による区別の大きさについては、十分な合理的根拠が存するものとはいい難い。」
私も才口裁判官の見解に賛成である。94年に日本も批准した子どもの権利条約では子どもの社会的出身や出生によるあらゆる種類の差別を禁止しており、この条約に抵触する民法900条4号但書の早急な改正が求められる。現民法の規定は一夫一婦制の法律婚主義を保護し、子どものは親の専有物であるかのような古い家族観を前提としている。梶谷・滝井裁判官が指摘するシングルマザーや事実婚などの新しい家族像を社会が受け入れるにあたり、子どもは地域や国民全体のものだとする新しい子供観を共有することが求められる。
参考文献
1995年7月5日最高裁判決 判例タイムズ885号83頁
2003年3月28日最高裁判決 判例時報1820号62頁
2004年10月14日最高裁判決 判例時報1884号40頁 法学教室2004年12月291号136頁
東京弁護士会意見書「非嫡出子の相続分差別撤廃に関する意見書―民法900条4号但書改正案―」1991年3月7日
『ロード・オブ・ウォー』
埼玉新都心へニコラス・ケイジ主演『ロード・オブ・ウォー』(2005 米)を観に行った。
「戦場にも電卓は忘れない、史上最強の武器商人と呼ばれた男」のキャチコピーが示すような派手なアクション映画かと思ったが、豈図らんや、アメリカを始めとする安保理事国の武器輸出を痛烈に批判する反戦映画であった。紛争の当事国双方に武器を売りつけ、紛争の激化を煽り犠牲者を増やし続ける残忍な武器商人の苦悩する姿が描かれながら、映画のラストで、実はアメリカ国家の委託を受けた商売だということが明かされる。国際的に展開される莫大で実態の掴みにくい兵器産業を、一人の武器商人に仮託することで、その非道さが分かりやすく描出される。戦争ビジネスの裏側が知りたい人にはうってつけの映画である。ニコラス・ケイジの演技も今までの映画の中で一番光っている。
□ 映画『ロード・オブ・ウォー』公式サイト □


