就学基準の緩和、認定就学者の承認によって、障害児を受け入れる小・中学校で整備しなければならない条件を検討しなさい。
日本では歴史的に障害児は健常児から分離した場を作り、そこで教育するという「特殊教育」という考え方を基本において整備されてきた。実際の就学指導を行うのは都道府県や市町村の教育委員会の委嘱によって構成される医師や学校代表、ところによっては障害乳幼児の保育・療育施設の代表や心理専門家などの専門家を加えた就学指導委員会である。就学指導委員会は検査や報告などをもとに、相対的に障害の重い子どもは盲・聾・養護学校、相対的に軽い子どもは障害児学級という機械的な判断がなされえている。これまで学校教育法第22条の3に示される「判断基準」に基づき「重い」「軽い」が決められてきた。例えば、盲者では両眼の視力が0.1未満のもの、聾者は聴力レベルが100デシベル以上のもの、知的障害においては「遅滞の程度が中度以上のもの(IQ20〜50)」といったように障害の程度の応じた明確な規定があった。
しかし、国際障害者年(1981)に国連から打ち出した「可能な限り障害児を通常学校に統合する」という趣旨が提起され、さらに、1993年12月に国連総会では「政府は、障害をもつ子ども・青年・成人の、統合された環境での初等、中等、高等教育の機会均等の原則を認識すべきである」とする「インクルージョン(統合教育)」という理念の原則が採択されて世界の潮流となった。これらの流れを受け、日本でも2003年3月に文部科学省から「今後の特別支援教育の在り方について」の報告が出され、「従来の特殊教育の対象の障害だけではなく、LD、ADHD、高機能自閉症を含めて障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けて、その一人ひとりの教育的ニーズを把握して、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するために、適切な教育や指導を通じて必要な支援を行う」との報告が出された。「特別支援教育」とは、これまでの障害の程度に応じ、特別の場で健常児からは分離して指導を行う「特殊教育」から、障害のある児童生徒一人ひとりの教育的ニーズに応えようとするものであり、教育観そのものの転換を促すものである。そして障害の軽重の基準のみで教育の場を決めるのではなく、障害者のニーズと環境によって出来るだけ統合教育の理念を具現化する緩和策が示された。そうした通常学級にて学ぶ障害児である「認定就学者」の条件は主に次のようにまとめられる。
・学習を支援する学習機器が用意されていること
・障害に配慮した施設面の整備
・専門性の高い教員の配置
・本人や保護者の希望があること
・受け入れる小・中学校の受け入れ態勢があること
以上の主な5点を総合的に判断し、市町村教育委員会は「認定就学者」を認めることができるとしている。いくら本人や保護者の希望があっても、条件整備が整っていなくては受け入れることは出来ない。
では具体的に「認定就学者」を受け入れる小・中学校で整備しなければならない条件を障害の種別ごとに列挙してみよう。
視覚障害
早期の段階から専門的な教育体制と教育機器の整備が求められる。特に通常学級で学ぶ弱視児には、拡大文字で印刷された教科書や、明視スタンドといった機器が必要である。
聴覚障害
聴覚障害児の指導には、大きく純粋口話法と手話法の2法がある。前者は相手の唇の動きを見て話し言葉を理解し、聴覚障害児自身も音声言語で発語・発話するという仕方でコミュニケーションの能力を身に付けさせるものである。言語聴覚士の配置と継続的な指導体制が求められる。後者の手話法は、手話を聴覚障害者の母語ないし第一言語とみなし、これを覚えさせ、コミュニケーション手段として利用させていくものである。手話を教えることの出来る専門性を持った教員の配置が必要である。
また、学童保育や児童館など放課後生活の場は、障害児が言葉を用いずに、健常児と体を使った遊びを通して関係を築いていくことができる有効な場である。教材、教具、教員もさることながら、言葉を媒介としない運動や遊びを伸び伸びできる環境を望みたい。
精神遅滞児
ダウン症など知的機能と適応行動の両方に持続的な発達の遅れがあり、生活や学習において特別なケアが必要なものである。特に食事、排泄、衣服の着脱、通学、挨拶など家庭生活、社会生活を送る上での必要な諸能力が身に付きにくい。程度が軽い場合は通教指導教室において個別プログラムを用意する必要がある。その際には外部の作業療法士との連携し、継続的な指導環境を築かなくてはならない。また程度が重い場合は、養護学校での「自立活動」において、身辺処理の確立、集団生活への適応のための訓練環境が求められる。
自閉症
自閉症児は対人関係の成立に困難を来し、引っ込みがちになりやすい。そのためできるだけ通常学級において、級友との触れ合いを通して言葉の交流を維持し、言葉を習得させる環境整備が必要である。また同時に級友たちの姿が見えるところで、担任は自閉症児と一対一の関係を結ぶようにすると、健常児たちが自閉症児への適確な接し方を学ぶチャンスにもなる。
2004年に文部科学省から「小・中学校におけるLD、ADHD、高機能自閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のためのガイドライン(試案)」が出された。そのガイドラインでは、通常学級に6.3%の割合で在籍している上記の軽度発達障害児はこれまで通り、通常学級にての指導を原則としている。そして障害児学級なる固定化された教室を廃止し、通常学級に在籍した上で、障害に応じた教科指導や障害に起因する困難の改善・克服のための通教指導教室の活用が提言されている。
また児童生徒の実態を把握し、学校内の支援体制を組むための校内委員会の設置、専門家チームや巡回指導員、医療機関との連絡調整を行なう特別支援教育コーディネーターの位置づけも提言されている。
しかし、そうした特別支援教育体制も40人の大規模学級を前提にするならば画餅に過ぎない。文科省の提言を超えて、30人の少人数学級、養護教諭の複数配置、スクールカウンセラーの全校配置など、現通常学級において教員、児童生徒双方の心の余裕を生み出す環境整備が最も必要である。
ジャン・ピアジェは『世界人権宣言』の解説に次のような言葉を寄せている。条件整備を考えていく上での理念として捉えてみたい。
「教育を受ける権利とは、学校に通学する権利だけではない。それは、教育が個性の完全な開花をめざすかぎり、能動的な理性と生きた道徳的意識をつくりあげるのに必要なもの全部を学校のなかに見出す権利である。」
【参考文献】
越野和之「『特別支援教育』で学校はこうなる」かもがわ 2004
茂木俊彦『新障害児教育入門』旬報社 1995
茂木俊彦『障害児と教育』岩波新書 1990
小林一弘『視力0.06の世界』ジアース教育新社 2003
玉井収介『自閉症』講談社現代新書 1983