月別アーカイブ: 2009年9月

パンフレット研究:宝塚造形芸術大学

宝塚造形芸術大学のパンフレットを読む。
兵庫県宝塚市に1987年に設立され、アートデザイン学科とメディアデザイン学科の2学科を擁する造形芸術学部のみの単科大学としてスタートした大学である。建学の理念に「芸術と科学の協調」が謳われ、当初からコンピュータをベースにした表現を追究している。2006年4月に東京新宿キャンパスが開設され、新たに変わった名前である「東京メディア・コンテンツ学部」がスタートしている。「東京〜」では映画コース、マンガコース、アニメーションコース、ゲームコースそしてイラストレーションコースに分かれ、第一線の漫画家や映画監督からノウハウを学ぶ。英語や社会科学、自然科学の一般教養科目が申し訳程度に並び、その他は全て作品を仕上げるための授業となっている。一般の専門学校以上に専門に特化した学校である。2010年度より新たに大阪に看護学部を設置するなど、商魂たくましい関西人の息吹をパンフレットの随所に感じる。

パンフレット研究:杏林大学

杏林大学のパンフレットを読む。
三鷹新川総合病院を母体とし、1966年に杏林学園短期大学開設を経て、70年に医学部のみの4年制大学として発足した新しい大学である。後に保健学部、社会科学部、外国語学部が増設され、2002年に社会科学部が総合政策学部に名称変更され現在に至っている。
医学部と保健学部看護学科は三鷹キャンパスで、それ以外は八王子駅からバスで30分の不便な片田舎の八王子キャンパスで学ぶ「分断」大学となっている。まるで医学部や付属病院を支えるために保健学部看護学科が設置され、さらに臨床公学科や理学療法、救急救命学科が設けられ、そして、それらの周辺領域として外国語や社会科学系の学部が置かれたといっても過言ではないような陣容である。
特に文系学部は八王子周辺の在住者でもない限りメリットは見出せないだろう。一方で医学部付属看護専門学校は、設備や環境が良い上に、授業料も安く設定されておりお得になっている。

パンフレット研究:秋田県立大学

秋田県立大学のパンフレットを読む。
バブルの熱冷めやらぬ1994年に県議会に県立大学構想が報告され、1999年に開学した真新しい大学である。おそらくはバブル期に計画が立案され、お役所仕事的に見切り発車してしまったのであろう。ちょうど国立大学法人の秋田大学には、医学部と教育学部、そして鉱山学部が改組された工学資源学部しかないため、その穴を埋めるべく理工学と農学の大学を計画したのであろう。県立大学は、機能知能システム学科、電子情報システム学科、建築環境システム学科、経営システム学科からなるシステム科学技術学部と、応用生物科学科、生物生産科学科、生物環境科学科、アグリビジネス学科からなる生物資源科学部の2学部で構成される。しかし両学部のキャンパスは数十キロ離れており、学部同士の交流はなく、基礎教育科目もそれぞれのキャンパスで開講されるなど無駄が多い。「親身のサポート」「学生自主研究制度」「生涯学習制度」「熱意が稔る大学」「才能が羽ばたく大学」「チャレンジしたくなる大学」など宣伝文句が華々しく、就職状況も好調らしいが、そう長くは続かないであろう。優秀な学生が集まっているうちに、秋田大学と合併し生き残りをかけるべきであろう。

『新日本語の現場』

橋本五郎監修・読売新聞新日本語企画班『新日本語の現場』(中公新書ラクレ 2003)を読む。
「とか」「みたいな」「チョー」「…的」などの語のあいまいな多用や、カタカナ語の氾濫などについて、読売新聞で一年に亙って連載されたコラムが一冊にまとめられた本である。「結果を出す」と言う言葉がサッカーの三浦知良選手によって広まったという逸話や、オランダ語やポルトガル語由来の外来語が日本語化していく過程の話など、興味を引くような内容が多く一気に読んでしまった。

パンフレット研究:十文字学園女子大学

十文字学園女子大学のパンフレットを読む。
1922年に東京・巣鴨に創設された高等女学校を母体として、1966年家政科と幼児教育科からなる十文字学園女子短期大学が開学し、さらに1996年に4年制大学ができ社会情報学部が置かれ、2002年に人間生活学部が開設されている。ちなみに「十文字」という名称は設立者の「十文字こと」さんにちなむ