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『藍色回廊殺人事件』

内田康夫『藍色回廊殺人事件』(講談社文庫 2002)を読む。
1998年に単行本として刊行された本で、ちょうど当時問題となっていた徳島県の吉野川可動堰建設の是非がモチーフとなっている。建設推進側による、何十年かに一度発生する洪水の予想流量の意図的な操作の証拠を掴んだ人物が連続して殺害される刺激的な内容となっている。痴話混りの殺人事件そのものよりも、大型公共工事にまつわるきな臭い動きや、反対派の動きを封じる巧みな工作など、社会派作品としての側面の方が興味深かった。

『北国街道殺人事件』

内田康夫『北国街道殺人事件』(講談社文庫 1999)を読む。
1987年10月に他社から刊行された単行本の文庫である。
信濃北部の北国街道柏原宿に生まれた小林一茶と、越後国出雲崎に生まれた良寛の2人を卒論に取り上げた大学生カップルが、ふとした偶然から保険金詐欺グループの事件に巻き込まれていく。そして、長野県警が誇る「信濃のコロンボ」こと竹村岩男警部の神がかった推理で事件が解決していく。
淡々と話が続いていくのだが、最後の30ページほどで、それまでの話の脈絡をすっ飛ばして話が急転直下解決してしまう。腑に落ちない結末であったが、良寛についての概略を知ることができた。

『不知火海』

内田康夫『不知火海』(講談社 2000)を読む。
長崎、福岡、熊本の3県を舞台に、三井三池炭鉱の闇の歴史と共に事件が進展していく。1959年から始まる三井三池争議や458人の犠牲者を出した1963年の三川鉱炭じん爆発事故、その後の炭鉱町全体の衰退など、昭和の歴史の一端が垣間見える作品であった。歴史だけでなく地理的な興味も引く作品で、久しぶりに読み応えのある読書体験となった。

『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』

堤未果『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書 2010)を読む。
オバマ大統領の就任前後のアメリカに巣食う、高額な学資ローン、社会保障の崩壊、医療保険、刑務所の過度な民営化について、丁寧に現地の人からの声をまとめあげたルポルタージュとなっている。
奨学金という名の学資ロンーンや、保証ばっちりの太鼓判の押された社会保障の崩壊など、日本の現状に近いものがあるが、刑務所の囚人を低賃金で派遣し、莫大な利益を得る全米矯正施設会社の実情は少し怖かった。日本でも刑務所の民営化による労働不足の確保が議論されるのであろうか。

エピローグが映画音楽ののようにまとまっていたので、いささか長くなるがそのまま紹介したい。

 医療破産したある女性は、取材のなかで私に言った。
 「一番こわいものはテロリストでも大不況でもなく、いつの間にか私たちがいろいろなことに疑問を持つのをやめ、気づいた時には声すら自由に出せない社会が作られてしまうことの方かもしれません」
 いま私たちが直面している、教育に医療、高齢化に少子化、格差と貧困、そして戦争といった問題を突き詰めてゆくと、戦争の継続を望む軍産複合体を筆頭に、学資ローンビジネス、労働組合や医産複合体、刑産複合体など、政府と手を結ぶことで利権を拡大させるさまざまな利益団体の存在が浮かび上がってくる。世界を飲みこもうとしているのは、「キャピタリズム(資本主義)」よりむしろ、「コーポラティズム(政府と企業の癒着主義)」の方だろう。
 莫大な資金が投入される洗練されたマーケティング。デジタル化するメディアがそれを後押しする時、そこから身を守るために私たちには何ができるのか?
 今回取材を通して出会ったたくさんのアメリカ市民が、そのヒントをくれたように思う。
 大きな力に翻弄される政局のなか、党派にかかわらず勇気をもっておかしいと声を上げ続ける議員たちや、期待と逆行する現実に失望するリベラル派に連携を呼びかける保守派の人々。敵対していた親たちに向かって、子どもたちのためにもう一度同じものを目指そうと手を差し出す教師たち、体を張って無償治療を提供しながら、いのちの商品化を止めようと議会にのりこんでゆく医師団、どうせ裏切られるのだと距離を置いてきた政治の世界に、自ら参加し始めた若者たち。情報の洪水のなか、手つかずの真実を届けようと体を張るジャーナリストやNGO。リーダーを動かすために自分たちが変わろうという意志のもとで新たに生まれたスローガン、「オバマを動かせ(Move Obama)」。
大統領候補の一人だったラルフ・ネーダーは、なぜ当選の見込みが薄いのにくり返し立候補するのかという私の問いに、こう答えた。
 「国は一、二度の政権交代では変わらない。国民の判断で、その洗礼をくり返し受けることで初めて、政治も社会も成熟してゆくのです。本当の絶望は、国民が声をあげなくなった時にやってくる。そうならないための選択肢を差し出すために、私は出馬し続けるのです」
 大統領の肌の色ではなく、ごく普通の人々の意識のなかにもたらされたチェンジが、貧困大国アメリカの未来を、微かに照らし始めている。
民主主義は仕組みではなく、人なのだ。

『自動車伝来物語』

中部博『自動車伝来物語』(集英社 1992)を読む。
『週間プレイボーイ』に連載されたもので、明治期に日本に初めて入ってきた自動車の正体を探るというルポルタージュである。
本論とはあまり関係ないのだが、著者がサンフランシスコに渡り、図書館に保管されていた1890年代末の日本語新聞を調査する中で、当時の日本人の置かれた状況が興味深かった。

 カリフォルニア州において共和党がとった選挙戦略のひとつはアジア人排斥、おもに日本人排斥運動出会った。中国人移民労働者のアメリカ入国は法律で厳しく制限されていたから、アジア人排斥運動の矢はいきおい日本人に向けられた。
 この戦略はきわめて単純な政治状況を作ることで、浮動票を共和党が獲得しようというものだった。つまり増加しつつあるアジア人移民労働者にアメリカ人労働者の仕事が奪われている、このままではアメリカ市民の失業率が高くなる、したがって増加し続けている日本人を排斥する法律をつくる必要がある、という運動方針だ。人種問題とアメリカ人労働者の生活を巧みに組み合わせた政治テーマである。どんな時代でも、いかなる国でも、愚かな政治家は、有権者の人気を得ようとして人種差別をするものだ。