『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』

堤未果『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』(岩波新書 2010)を読む。
オバマ大統領の就任前後のアメリカに巣食う、高額な学資ローン、社会保障の崩壊、医療保険、刑務所の過度な民営化について、丁寧に現地の人からの声をまとめあげたルポルタージュとなっている。
奨学金という名の学資ロンーンや、保証ばっちりの太鼓判の押された社会保障の崩壊など、日本の現状に近いものがあるが、刑務所の囚人を低賃金で派遣し、莫大な利益を得る全米矯正施設会社の実情は少し怖かった。日本でも刑務所の民営化による労働不足の確保が議論されるのであろうか。

エピローグが映画音楽ののようにまとまっていたので、いささか長くなるがそのまま紹介したい。

 医療破産したある女性は、取材のなかで私に言った。
 「一番こわいものはテロリストでも大不況でもなく、いつの間にか私たちがいろいろなことに疑問を持つのをやめ、気づいた時には声すら自由に出せない社会が作られてしまうことの方かもしれません」
 いま私たちが直面している、教育に医療、高齢化に少子化、格差と貧困、そして戦争といった問題を突き詰めてゆくと、戦争の継続を望む軍産複合体を筆頭に、学資ローンビジネス、労働組合や医産複合体、刑産複合体など、政府と手を結ぶことで利権を拡大させるさまざまな利益団体の存在が浮かび上がってくる。世界を飲みこもうとしているのは、「キャピタリズム(資本主義)」よりむしろ、「コーポラティズム(政府と企業の癒着主義)」の方だろう。
 莫大な資金が投入される洗練されたマーケティング。デジタル化するメディアがそれを後押しする時、そこから身を守るために私たちには何ができるのか?
 今回取材を通して出会ったたくさんのアメリカ市民が、そのヒントをくれたように思う。
 大きな力に翻弄される政局のなか、党派にかかわらず勇気をもっておかしいと声を上げ続ける議員たちや、期待と逆行する現実に失望するリベラル派に連携を呼びかける保守派の人々。敵対していた親たちに向かって、子どもたちのためにもう一度同じものを目指そうと手を差し出す教師たち、体を張って無償治療を提供しながら、いのちの商品化を止めようと議会にのりこんでゆく医師団、どうせ裏切られるのだと距離を置いてきた政治の世界に、自ら参加し始めた若者たち。情報の洪水のなか、手つかずの真実を届けようと体を張るジャーナリストやNGO。リーダーを動かすために自分たちが変わろうという意志のもとで新たに生まれたスローガン、「オバマを動かせ(Move Obama)」。
大統領候補の一人だったラルフ・ネーダーは、なぜ当選の見込みが薄いのにくり返し立候補するのかという私の問いに、こう答えた。
 「国は一、二度の政権交代では変わらない。国民の判断で、その洗礼をくり返し受けることで初めて、政治も社会も成熟してゆくのです。本当の絶望は、国民が声をあげなくなった時にやってくる。そうならないための選択肢を差し出すために、私は出馬し続けるのです」
 大統領の肌の色ではなく、ごく普通の人々の意識のなかにもたらされたチェンジが、貧困大国アメリカの未来を、微かに照らし始めている。
民主主義は仕組みではなく、人なのだ。

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