大渕憲一『思春期のこころ』(ちくまプリマー新書,2006)を、教材研究としてパラパラと読む。
ちょうど「公共」の授業で倫理分野を扱っていたので手に取ってみた。授業のネタになるようなところを抜書きしておきたい。
女性の方が自意識が強いのは、それだけ男性よりも他者の視線に晒されているからである。男女の若いカップルが向こうから歩いてくる時、男性は8:2くらいの割合で、女性の方に視線を向ける。一方で女性が観察者の時は、6:4くらいの割合で同性である女性に視線を向ける。相手の女性の容姿、服装や持ち物のセンスなどを厳しくチェックするためによく見るのではないでしょうか。
誘われても断れないのは集団圧力と呼ばれるもので、「嫌われるかもしれない」「もう付き合ってもらえないかもしれない「友達をがっかりさせたくない」といった気持ちで同調してしまうものです。
社会が近代化し、産業化が進むにつれて、「青年期:と呼ばれる期間が長くなる傾向があります。ドラマでみていると、150年くらい前の江戸時代には、男の子だったら10歳くらいから、大店、今でいう会社に、見習いとして奉公を始めます。この丁稚と呼ばれる見習い期間を無事に数年勤めると手代という地位に昇格します。10代後半ですが、この段階で一人前の職業人と認められ、店の中でも責任ある仕事が任せられるようになります。技術職を志す者も同様で、10歳前後から親方のところに見習いにはいり、数年間の修行をへて一人前の職人として認められるようになります。武士の子弟は、おおむね16、17歳前後に元服式をあげて、成人としての扱いを受けることになっていました。女性も同じ頃に結婚し、10代の間に子どもを産んで母親になる女性も少なくなかったのです。
以降、「青年期」の特徴、子どもから大人への過渡期、身体的には大人になっても、社会的・精神的には子どものままである「成熟のずれ」や、青年期の一時的反社会性が大人になるための通貨儀礼となっている点などの説明が続く。
