エイ出版社『週末・休日 スポーツ自転車の本』(エイムック 2002)を読む。
観光地をぐるぐる回ったり、小旅行に出かけたり、主にクロスバイクを中心に、自転車の魅力をおしゃれに紹介するムック本である。
薄手の本ながら、ダウンヒルやフルサスでのアクションライドなど、エイ出版ならではの特集記事が充実していた。
「読書」カテゴリーアーカイブ
『自転車ぎこぎこ』
伊藤礼『自転車ぎこぎこ』(平凡社 2009)を読む。
著者は小説家・文芸評論家伊藤整を父に持ち、広告代理店勤務を経た後に日本大学芸術学部の教授を務めたである。
そうした華々しい経歴を持つ著者が、65歳の定年間近に自転車にハマり、そこから8年余り東京都心やら房州、笹子峠、渥美半島から知多半島、山陰など、あちこちを駆け回るドタバタ旅行記がまとめられている。
80歳近くになっても、自転車での冒険魂を忘れない著者に共感を感じた。
『漂流遊女』
中山美里『漂流遊女:路地裏の風俗に生きた11人の女たち』(ミリオン出版 2013)を読む。
今はなき月刊誌「漫画実話ナックルズ」に連載された、底辺で働く風俗女の人生に迫るインタビュー記事である。
デリヘルやAV出演というレベルではなく、熟女風俗や本番ヘルス、立ちんぼといった底辺風俗で生活を支えている女性が取り上げられている。タイトルこそ刺激的だが、一応真面目な内容である。
一時期は華やかな生活を享受しつつも、結局は自分を大切にすることができなくなる風俗嬢の人生を通して、男性以上に心と身体が結びついている女性の運命が見えてくる。
あとがきの筆者の言葉が印象に残った。
いろんな風俗嬢を取材して気づいたことがある。
それは、身体を売るという職業につきながらも、心の中で線引きをして、妙なところで自分を肯定する偏ったロジックだ。その線引きは人によって違う。
「セックスをしているわけじゃないから、ヘルスはソープ嬢やAV嬢よりはまし」
「AVの仕事は、不特定多数の人を相手にしているわけじゃないし、管理された場所で仕事をしているから風俗と一緒にしてほしくない」
「本番や粘膜接触がないし、知的な駆け引きが必要だから、SMは普通の風俗ではない」
などと、勝手に決めたヒエラルキーに自らの業種を位置づけ、安堵したり人を見下したりする部分が、私が見てきたエロの世界にはある。
そして、ごく狭いエロの世界から一般社会に目を向けると、性を売る仕事についている人が幸せでなければいいと思っている人が少なからずいることもわかった。
性を売ってしまったら、幸せになってはいけないのだろうか、幸せになれないのだろうか、そして性を売り続けていくとどんな将来が待っているのだろうか。そんなことが知りたくて、このインタビュー連載をはじめた。
『先住民族の叡智』
月尾嘉男『先住民族の叡智』(遊行社 2013)を読む。
ここしばらく膝の怪我もありバタバタしており、全く本を読む余裕すら失っていた。1週間くらいかけて途切れ途切れページを繰っていった。
世界中をカヌーやクロスカントリーで回りながら環境保護や地域計画に取り組む著者が、ニュージーランドの先住民族のマオリ族や米国南西部の先住民族のナヴァオ族、オーストラリアのアボリジニ、北アフリカのベルベル人などが暮らす地域に訪れ、周囲の生態系を全く乱さない生活様式や7世代後の子孫に配慮したリサイクル社会の実情などを紹介する。
月刊誌に連載されたコラムをまとめたものだが、内容的な重複が多くあり、書籍化する際には再編集を加えた方が読みやすいであろう。
『放送禁止歌』
森達也『放送禁止歌』(光文社文庫 2003)を読む。
2000年に解放出版社から刊行された本の文庫化である。テレビ・ディレクターの著者が、テレビやラジオで「自主規制」されている「放送禁止歌」についてドキュメンタリー番組を作成するにあたって、各方面への丁寧な取材や著者自身の考え方の変化などがまとめられている。
特に、山谷に住む日雇い労働者を題材とした「山谷ブルース」や被差別部落を題材とした「手紙」の作詞・作曲を手掛けた歌手の岡林信康氏への思いと、京都市伏見区竹田地区に伝わる「竹田の子守唄」の解題の2つを軸に話が進んでいく。アメリカの放送禁止歌の事例や、内容の如何を問わずにある特定の言葉が入っているだけで規制されてしまう実情も紹介される。
著者の放送に対する実直な姿勢が伝わってきた。
