読書」カテゴリーアーカイブ

『トレンディなんてぶっとばせ』

平松茂『トレンディなんてぶっとばせ:自分に恥じない生き方のすすめ』(岩波ジュニア新書 1991)をパラパラと読む。
執筆当時時事通信社で専門学校についての記事を書き、実際に専門学校の教壇にも立っていた著者が、大学や短大に無目的に進む生き方ではなく、専門学校で自分の道を切り拓く若者を取り上げ、返す刀で学歴や肩書のみを重視する日本の世相に斬りかかる。

しかし、専門学校の紹介なのか、敢えてマイナーな生き方を目指す若者への讃歌なのか、コンセプトがはっきりせず、当時流行ったカウンターカルチャーな物言いに留まっている。

『ものの始まり50話』

近藤二郎『ものの始まり50話:文明の源をさぐる』(岩波ジュニア新書 1992)をパラパラと読む。
著者は執筆当時、早稲田大学古代エジプト調査室に勤務しており、現在も早稲田で教鞭を取っている研究者である。その著者がパンやチーズに始まり、貨幣や暦、マンガ、トランペットなど、50の物や仕組みを取り上げ、そのルーツの多くが古代エジプトにあるとする講釈が滔滔と続く。日本や中国で発展したと思われる文物が、実は古代エジプト文明やメソポタミア文明、インダス文明に既に見受けられるのだという一辺倒な切り口なので、最初の3つくらい読んで飽きてしまった。ページを繰りながら、「我田引水」ということわざが忘却の淵から浮かび上がってきた。

『わたしの少女時代』

池田理代子・宮城まり子・石垣綾子ほか『私の少女時代』(岩波ジュニア新書 1979)をパラパラと読む。
代表著者3名の他、今井通子さん、黒沼ユリ子さん、増井光子さん、中川李枝子さん、林京子さん、土井たか子さん、石井ふく子さん、籾山政子さん、丸木俊さん、沢村貞子さんの計13名の女性が、戦前戦後の不遇な女性という境遇やガラス天井を打ち破って、夢や目標を実現してきた過去半生を語る。

特に疾病と気候や地理の関係を研究した籾山政子さんの文章が印象に残った。「女性のくせに生意気な」という旧態な風潮が残る学会の中で、さらに「地理好き」というマイナーな路線を突っ走ってきたきっかけが、立正大学の地理学講習会であったそうだ。かつて高等師範部を設けていた立正大学の歴史を感じた。

『部活魂!』

岩波書店編集部編『部活魂!』(岩波ジュニア新書 2009)を読む。
岩波書店が「私の学校の部活自慢!」というテーマで、全国から原稿を募集した中から、21の作品が選出され収録されている。合わせて俳優の六角精児さん、長嶋三奈さん、大八木淳史さん、早乙女愛さんが、同じく「部活」に関するエッセーを寄せている。

序文の中で、「夢、努力、熱血、勝負、喜び、涙、挫折、仲間、先輩、後輩、先生、ひたむきさ、悔しさ……、10代のさまざまな思いが込められた『部活魂』です」と述べられているが、100%その趣旨通りの内容となっている。どの作品も部活で成功した生徒が書いているので、よく言えば中高生の汗の結晶だが、悪く言えば、中小企業の社長の成功談を聞かされているような面映さを感じてしまう。

『地図を旅する』

堀淳一『地図を旅する:一枚の地図から広がるロマン』(創隆社 1991)を読む。
久しぶりに時間を忘れて読みふけった。元は1981年に刊行された本なので、共産圏の大縮尺の地図は手に入らないとか、ステレオ写真の作り方など、かなり古い情報も多いが、省略の多い地図からリアルな世界を想像する地図に魅力は、Googleマップやストリートビューが当たり前になった現在でも変わらない。

地図の場合は写真よりも現実とのギャップが大きいだけに、想像力を働かせる余地が大きいのが一つの面白さだし、そのためになおさら好奇心がそそられる、ということもある。時によっては、下手な写真にひきずられるよりは、地図の上で自由に想像力を働かせるほうが、よほど現地の雰囲気にピタリとしたイメージを描けるということも、またあるだろうね。今いったように、大事なのはこまかい事柄よりもむしろ全体的な、漠然と感じられる雰囲気なんだから、地図からの想像のほうがはるかに真実をつくることだってあるわけだ。

(中略)風景の味わいをただ受け身で発見するだけではなく、風景の中にひたりながらそれに積極的に働きかけて、自分なりの心象風景、つまりイメージの世界を創り出すたのしさーこれが旅の醍醐味だとおじさんは思っているんだ。

(中略)風景の中に没入し、それに働きかけて自分なりのイメージの世界を創りだすことは、地図と直接関係ないけれども、先入観念に邪魔されず風景をいわば「手づくり」することのできる場所をさがすためには地図が、そして地図の上でイマジネーションをはばたかせることが必要なのだから、やはり地図が土台になっているわけだ。