北尾トロ著・中川カンゴロー写真『ヒゲとラクダとフンコロガシ:インド西端・バルナ村滞在記』(理論社 1999)を読む。
インドとパキスタンの国境に近い乾燥地帯に暮らす遊牧民ラジプート族の中で暮らした体験記である。村にはトイレがなく、外でするのだが、乾燥しており、さらにフンコロガシが跡形もなく処理してくれるので、臭いもなく清潔だという話が興味を引いた。
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『知っておきたいエチオピアの実像』
山田一廣『知っておきたいエチオピアの実像:アフリカ最古の国の素顔』(ほるぷ出版 1992)を読む。
著者は神奈川新聞社勤務を経て、エチオピア関連の著作を中心としたノンフィクションライターである。エチオピアはアフリカ大陸では珍しくキリスト教国だったので、一時期イタリアやイギリスの支配下にあったものの、欧米の植民地化は避けられ、2000年近い歴史を持つ世界最古の独立国である。2021年7月現在の推定人口は1億1000万人であり、急激に人口が増加している。
しかし、キリスト教国であるゆえに、周辺のイスラム教国のエリトリアやソマリアとの確執が数十年単位で続くことになった。また、「敵の敵は味方」論法でイスラエルが支援したり、ペルシャ湾や紅海に睨みを聞かせておきたい旧ソ連が軍事支援をするなど、周辺国との軋轢に火を注ぐようなことが繰り返された。結果、干魃などの自然的要因もあるが、人為的な要因で世界最貧国の一つに数えられている。
エチオピアの主要な輸出品にコーヒーがある。元々エチオピアの南部のカフェ州で発見されたことに因(ちな)む。そしてエチオピアからアラビア半島、東南アジア、中南米へと広がっていった。アラビア産のコーヒーは現在のイエメンのモカ港から積み出されたことから、「モカ・コーヒー」と呼ばれるようになった。
入手可能な最新の総合的データによると、2015年、世界の極度の貧困層7億3,600万人の半数が、わずか5カ国に集中していました。この5カ国は、インド、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、エチオピア、バングラデシュです。よって、世界全体で極度の貧困層を削減するには、これら5カ国における取組みとともに、極度の貧困層のうち85%(6億2,900万人)が暮らす南アジア地域とサブサハラ・アフリカ地域の貧困削減に取り組むことが不可欠です。
(世界銀行公式サイト「1年を振り返って:14の図表で見る2019年」より )
ブルキナファソやチャド、エチオピア、ニジェール、南スーダンでは、10歳未満の子どもの約90%以上が、多次元貧困に陥っています。
(国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所のウェブサイト「2019年グローバル多次元貧困指数」より )
『ハノイ&サイゴン物語』
ニール・シーハン『ハノイ&サイゴン物語』(集英社 1993)をパラパラと読む。
訳者のあとがきを読むと、NYタイムズの記者ニール・シーハンは、16年かけてベトナム戦争の真実を暴いた『輝ける嘘』を書いた著者として知られている。本書はベトナム戦争が終結してから20年近く経って北のハノイと南のホーチミンを訪れ、街の景色や人々との会話を通して、戦争の爪痕と戦後のベトナムの急激な変化を探るルポルタージュとなっている。
翻訳調の文章が読みにくく、ほとんど読み流した。
『マンガと日本人』
福島章『マンガと日本人:“有害”コミック亡国論を斬る』(日本文芸社 1992)を読む。
執筆当時は上智大学に務め、犯罪心理学や精神鑑定などの著書も多い著者が、性的描写の多いマンガと少年の性犯罪の相関関係について、読者が飽きるまで分析を続ける。結論としてはアニメやビデオなども含めて性情報がオープンになればなるほど、性犯罪は減っていくという負の相関関係が見られるというものだ。性情報の規制をかけている当時の韓国で性犯罪の発生率が高く、デンマークの調査ではポルノグラフィを解禁と強姦事件の発生は全く無関係であった。
また、1990年代頃までは「漫画ばっかり読んでいないで勉強しろ」という言葉が当たり前のように流通していた。しかし、マンガを読む機会が多い青少年ほど活字に触れる機会が多いというデータも紹介されている。
著者は「有害」コミック規制運動に対して、真っ向論陣を張っている。
私は、精神科医として多くの性犯罪者、非行少年の精神鑑定を行った経験を持つが、犯罪・非行の原因はきわめて多元的であり、なにか一つの原因に帰することができる方が稀である。非行の原因は、家族的な背景、本人の資質やパーソナリティー、友人関係、価値観や意識、生活史の偶発的な出来事など、きわめて多次元的な要因によって規定されている。メディアとの接触だけで起こった非行というものを、私はまだ鑑定したことがない。
私の印象では、メディアの影響を強調するのは、取り締まり強化の大義名分を社会的に認知させるための、警察当局の意図的な演出や情報操作に、あまりにもナイーブなマスコミがおどらされた結果である。日本の警察は、戦前には国体の尊厳や護持という名目で、思想犯や政治犯の取り締まりなど、思想統制を行っていた。戦後は、思想の統制はできなくなったが、今度は性の領域で、「わいせつ」という概念を十分に利用して市民生活の私的領域に介入しようとしているのである。これは、警察官僚が伝統的に持つ本能的ともいえる情熱なのである。

