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『父子三人インドの旅』

原田彰『父子三人インドの旅』(双葉社 1994)を読む。
1992年の夏、父と息子の三人で出かけた、まだまだ謎に包まれていたインド3週間旅行の旅日記である。インターネットもスマホもない頃なので、たまたま乗り合わせたタクシーの運転手やいかがわしい旅行業社の窓口の案内で、次の日の行き先やホテルを予約するという、風まかせのドタバタ旅行である。

1992年時点でインドの人口は7億人である。それが2023年には14億人で世界最大となっている。ものすごい人口増加率である。現在の旅行とは大きく様相を異にするが読み物として楽しんだ。
きになったところを引用しておきたい。

インドの街の名前で、よく使われている「……プール」というのはヒンドゥー教の強い街で、「……バード」はイスラム教の勢力の強い街だそうである。

デリーはオールドデリーと呼ばれる旧市街地や、ニューデリーと呼ばれる官公庁街等のある都市計画された新市街地とが一体となった都市である。しかし、この街の人口の約90%にあたる人々は、オールドデリーに住んでいるらしくニューデリーは東京でいえば、永田町のような官公庁街で夜間人口は本当に少ない。

タイ国王が、今、日本のホンダのアコードに乗っておられるそうで、そんな関係から、タイではホンダの車の人気がダントツだそうである。

『笑ってケツカッチン』

阿川佐和子『笑ってケツカッチン』(筑摩書房 1988)を読む。
最初はパラパラと読み流そうとしたが、文章に妙な魅力があり、最後までじっくりと読んでしまった。著者の阿川さんは大変聞き上手で、テレビ番組『ビートたけしのTVタックル』の進行役として知られる。そんな阿川さんが雑誌「婦人画報」に連載した家族に関するエッセーを中心に、他の雑誌に寄稿したものがまとめられている。

作家阿川弘之さんの素の姿がよく理解できたし、留守番電話や80年代半ばのお見合い事情、電子レンジなど、日常生活の一コマに著者ならではの感性というスパイスが加えられ、美味しい料理に仕立て上げられたという内容であった。大変貴重な時間となった。

『鉄道諸国物語』

小池滋編『鉄道諸国物語』(彌生書房 1985)を手に取ってみた。
鉄道史研究家として都立大学で長年教鞭を取っていた著者が、鉄道を舞台にした日本国内外の小説をまとめたアンソロジーである。志賀直哉の『網走まで』や芥川龍之介の『みかん』、ディケンズ『信号手』などが収められている。鉄道を舞台にした文学には、鉄道車内のボックス席という極めて狭いパーソナル空間と、鉄道が移動していく距離感や窓から広がる風景などの大きな空間の2つの世界観が共存する不思議な魅力がある。

解説の中で、編者の小池さんは鉄道を題材にした真の文学の名に値するものとして、中野重治の『汽車の罐焚き』を挙げている。私が卒業論文で一番に取り上げたかった作品である。当時の自分は、人間には御しがたい、しかし人間しか動かすことのできない蒸気機関車に着目した中野重治にこの上ない関心を持っていた。自分が評価されたような嬉しい気持ちになった。

『ダンスでコミュニケーション』

香瑠鼓(KAORUCO)『ダンスコミュニケーション』(岩波ジュニア新書 2006)を読む。
著者の香瑠鼓さんは、早稲田大学社会科学部を卒業後、振付師として芸能界に関わるようになる。90年前後に活躍した女性アイドルユニットWINKの『愛が止まらない』やチョ・ナンカン(草彅剛)の『愛の唄〜チョンマル サランヘヨ』、香取慎吾の『慎吾ママのおはロック』などを手掛けている。さらに、今現在もブラウン管サイズで放映されているタケモトピアノのCMのダンスも指導している。

著者はダンスという言葉以外の身体コミュニケーションの可能性を信じており、芸能界だけでなく、障害をもった子どもたちの指導も担当しており、舞台を通じて子どものやる気を伸ばす教育も行なっている。そうした経験から、著者の持ち味である一人一人が主人公となるダンスが『慎吾ママのおはロック』に結実されている。

あとがきの中にジャニーズ事務所に所属していた飯島三智さんへの謝辞が述べられていた。

『名もなき毒』

第41回吉川英治文学賞受賞作、宮部みゆき『名もなき毒』(文春文庫 2011)を読む。
中日新聞をはじめとするブロック紙に2005年3月から12月にかけて連載された小説である。推理小説の体を取りながら、現代社会に上手く馴染めず、他人や社会との溝を心の毒で埋めようとする人間像を描く。クリスマスなど他人の幸せが嫌でも目につく時期ともなると、自分の境遇との格差に苛立ちが募り、他人を攻撃したり、自傷行為に走ったり、あるいは逃避したりする人間の弱さを見事に炙り出している。面白いと思える作品ではなかったが、文学的なテーマを含む作品であった。