猪野謙二編『小説の読み方:日本の近代小説から』(岩波ジュニア新書 1980)をパラパラと読む。漱石、鴎外、芥川に始まり、有島武郎、志賀直哉、藤村、独歩、樋口一葉、鏡花の8名の作家の作品解説である。また、その解説者が豪華で、漱石の解説を大岡信、芥川の解説を阿部昭、有島の解説を津島佑子など、他、大江健三郎、黒井千次、林京子、野間宏など、錚々たる作家の名前が並ぶ。時代を代表する作家は、同時に卓越した読者であることが分かる。
作品解説は中学高校レベルではなく、大学の文学部の授業レベルである。解説よりも解説者である作家たちのちょっとしたエピソードが面白かった。大岡信は次のように述べる。
中学下級生のころ何を読んだが、それがほとんど思い出せない。戦争がいちだんと激しくなってきた。1943年4月、桜咲きみだれる狩野川べりの沼津中学校に入学したが、それから二年余りの歳月がたって、1945年の真夏の一日、日本は戦争に敗れた。その二年余りの間に、何を読んだか、それがほとんど思い出せない。
他にも、林京子の姉が大学出たての若い青年教師の気をを引くために、樋口一葉の『たけくらべ』の文庫本を購入したところ、学年主任が青年教師が勧めた『たけくらべ』の回収を命じたエピソードなど、堅苦しい解説よりも冒頭の作家との出会いエピソードの方が印象に残った。