宮本輝『田園発 港行き自転車』(集英社 2015)の上巻を読む。
久しぶりにA4サイズの地図帳を取り出して、富山県内の地名を確認しながら読み進めた。
3つの家族の物語が絡み合いながら展開していく群像劇となっている。
かなりのボリュームだったが、一気に読み進めた。
富山から入善町までサイクリングをしている登場人物をして、作者は次のように語らせる。
文化財保護と銘打って、古民家のあちこちを補修して安化粧で装い、「なんとかの道」だとか「なんとかの宿跡地」だとか名づけて、おじさんやおばさんが観光バスで乗りつけても、そのなものはせいぜい十五分も歩けば底が知れてしまって、おいしくもない、というよりも、たいていはまずい草餅とか名代のなんとか蕎麦を食べさせられて、古くて風情のある商家ねェ、なんて言って、それきり思い出しもしない観光用の町が、日本中に造られてしまった。
しかし、そんな人口の名所は映画のセットと同じなのだ。
そこでいまを生きている住人の気配もなければ息吹もない。喜怒哀楽のない、ただ古さだけを売り物にした人工物だ。