吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波文庫 1982)をパラパラと読む。
中学生のコペル君が自分の生活の中でふと感じた疑問から、数学の先生のヒゲが床屋につながり、粉ミルクがオーストラリアにつながっていき、時代や地域を越え、天文学や宗教学、歴史学をさまよいながら自分なりの答えを見つけ出す思想の旅日記である。
解説の中で丸山真男氏は、コペル君の科学的思考のプロセスに賛辞を送った上で次のように述べる。少々長いが引用してみたい。
天下り的に「命題」を教えこんで、さまざまなケースを「例証」としてあげてゆくのではなくて、逆にどこまでも自分のすぐそばにころがっていて日常何げなく見ている平凡な事柄を手がかりとして思索を押しすすめてゆく、という教育法は、いうまでもなくデュウィなどによって早くから強調されて来たやり方で、戦後の日本でも学説としては一時もてはやされましたが、果してどこまで家庭や学校での教育に定着したか、となると甚だ疑問です。むしろ日本で「知識」とか「知育」とか呼ばれて来たものは、先進文明国の完成品を輸入して、それを模範として「改良」を加え下におろす、という方式であり、だからこそ「詰めこみ教育」とか「暗記もの」とかいう奇妙な言葉がおなじみになったのでしょう。いまや悪名高い、学習塾からはじまる受験戦争は、「知識」というものについての昔からの、こうした固定観念を前提として、その傾向が教育の平等化によって加熱されたにすぎず、けっして戦後の突発的な現象ではありません。そうして、こういう「知識」−実は個々の情報にすぎないもの−のつめこみと氾濫への反省は、これまたきまって「知育偏重」というステロ化された叫びをよび起し、その是正が「道徳教育への振興」という名で求められるということも、明治以来、何度リフレインされた陳腐な合唱でしょうか。その際、いったい「偏重」されたのは、本当に知育なのか、あるいは「道徳教育」なるものは、-そのイデオロギー的内容をぬきにしても-あの、私達の年配の者が「修身」の授業で経験したように、それ自体が、個々の「徳目」のつめこみではなかったのか、という問題は一向に反省される気配にありません。
わたしはこういう奇妙な意味での「知育」に対置される「道徳教育」の必要を高唱する人々にも、また、「進歩的」な陣営のなかにまだ往々見受けられる、右と反対の意味での一種の科学主義的オプティミズム-客観的な科学法則や歴史法則を教えこめば、それがすなわち道徳教育になるというような直線的な考え方-の人々にも、ぜひ『君たち…』をあらためて熟読していただきたい、と思います。戦後「修身」が「社会科」に統合されたことの、本当の意味が見事にこの『少国民文庫』の一冊の中に先取りされているからです。
丸山氏の指摘する、「コペル君の高度な問題提起がコペル君自身の自発的な思考と個人的な経験をもとに展開していく」ように、「じかの観察から出発して、そこからいろいろな物事を関連づけ、その意味をさぐってゆく、という方法」を体現する「社会科」に統合された本当の意味というのものをこれからも受け止めていきたい。