千原ジュニア『14歳』(講談社 2007)を読む。
お笑い芸人「千原兄弟」の弟千原ジュニア氏の自伝的小説である。前半は不登校、引きこもりで熟成されていく多感な中学2年生特有の怒りが鬱々と描かれる。後半はその怒りの矛先がお笑いというリングに向かっていき、引きこもりを脱して未来へと駆け上がっていく青春小説となっている。
読みやすい文体で一気に読んでしまった。
日別アーカイブ: 2013年11月17日
だらだらとした日曜日
『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」』
勝見明『鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」:セブン−イレブン式脱常識の仕事術』(プレジデント社 2005)を読む。
「単品管理」など小売業界の革命とも言われたセブン−イレブンの立ち上げから一貫して経営のトップにいる鈴木敏文代表取締役会長・最高経営責任者(CEO)の経営哲学が余すところなく紹介されている。そしてその氏の哲学に沿って展開される、セブンイレブンジャパンの広告や出店方針、店舗経営、本社と店舗を繋ぐOFC、IYバンクの立ち上げなどが分かりやすく説明されている。
経営者の組織論のまとめとして手に取ったのだが、興味深い話が多く、ついつい最後まで引き込まれていった。彼の経営哲学の根幹にある「顧客の立場」から物事を考えるという逆転の発想を示すコメントを引用してみたい。
私たちが”顧客のために”と考えるときはたいてい、自分の経験をもとに、”お客とはこういうものだ””こうあるべきだ”という決めつけをしています。だから、やってみてうまくいかないと、”こんなに努力しているのにお客はわかってくれない”と、途端に顧客を責め始める。これは努力の押し売りにすぎません。あるいは、”顧客のために”やっていると言いながら、そこには売り手側の都合が無意識のうちに入っていて、実態はその押し付けになっていたりする。私が社員たちに”顧客のために”という言葉は使うなと厳命するのは、決めつけや押しつけを排除するためです。
今の時代に本当に必要なのは、”顧客のために”ではなく、”顧客の立場で”考えることです。どちらも、顧客のことを考えているように見えて、決定的な違いがあります。”顧客のために”は自分の経験が前提になるのに対し、”顧客の立場で”考えるときは、自分の経験をいったん否定しなければなりません。
わかりやすい例が、自分の子どもを叱るときです。おそらく世の親たちは、”子どものため”になると思って叱っているのでしょう。このとき、親は自分の経験から、わが子はこうあるべきだという考えや感情を優先しているはずです。だから、叱っても言うことを聞かないと、お前のためを思って言っているのに、なんで親の言うことがわからないのかとますます子どもを叱ろうとします。
しかし、子どもは日々成長しています。取り巻く環境も親世代が子どもだったころとは大きく変化しています。もし、”子どもの立場で”考え、その心情も理解して叱ったなら、叱り方は大きく違ってくるでしょうし、子どもの反応も変わるはずです。
『パリ20区、僕たちのクラス』
地上波で放映された、第61回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞受賞作、ローラン・カンテ監督・脚本『パリ20区、僕たちのクラス』(2008 仏)を観た。
パリの下町の中学校で、フランス語を教える青年教師と国籍も人種も様々な生徒たちとの丁々発止のやり取りがドキュメンタリータッチで描かれる。
フランスの学校というと自由や哲学といったイメージが強いが、生徒の生活態度を質す三者面談や規律を重んじるための懲罰会議など、日本の中学校と変わらない学校の姿が映し出される。主役のマロン先生の、生徒の気持ちを斟酌したいと思いと、学校全体のルールを重んじなければならない立場の葛藤がテーマとなっている。またその背景となるフランスの排外主義や移民の問題にも触れられている。
日本の中学高校の先生が観ると、日本もフランスも文化の違いこそあれ、教育に対する悩みは万国共通なのだという思いを抱くであろう。