大岡昇平『武蔵野夫人』(新潮文庫 1950)を読む。
彼の代表作である『俘虜記』のすぐ後に書かれた作品である。『俘虜記』同様に、野球の実況中継のように、場面や状況によって刻々と変化する心境が丹念に描かれる。
当時としてはセンセーショナルであった不倫や離婚、自殺といったテーマをうまく組み合わせて物語が作られている。最初は読み進めるのに苦労したが、後半に入って人物関係が頭の中で固まってからはすいすいとページを繰る事ができた。
Wikipediaによると、この『武蔵野夫人』の最後の方に主人公の道子が自殺するシーンがあるが、その場面における「事故によらなければ悲劇が起らない。それが二十世紀である。」という一節が、福島第一原子力発電所の事故との関連で注目されているらしい。一婦人の自殺と原子力発電所の人災を一括りにするのはかなり牽強付会であるが、キャッチフレーズとして読む分には時節に合っているのではないか。