読書」カテゴリーアーカイブ

『指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む』

民族差別と闘う関東交流集会実行委員会編『指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む』(明石書店 1985)を読む。
だいぶ過去の話になるが、1985年5月、外国人登録証の指紋押捺を拒否した李相鎬さんに送られた61通に及ぶ「脅迫状」の内容と、その背景にある社会差別についての論考である。北朝鮮のスパイ活動も激しかったころであり、日本国を守るために指紋押捺制度が実施されてきたのだが、法的・国際的なデータを挙げながら、丁寧に反対の意見が寄せられている。
「脅迫」という感情的な意見に対しては、数字や比較データを出して抗していくしかない。
この指紋押捺という制度は、運動の高揚もあり1993年に廃止されているが、まだ在日韓国・朝鮮人に対する差別は残っている。

『公民館で学ぶ』

長澤政次編著『公民館で学ぶ−自分づくりとまちづくり』(国土社 1998)をぱらぱらと読む。
戦後日本に生まれた公民館は、1946年に当時の文部省社会教育局公民教育課長であった寺中作雄氏の構想に拠るところが多い。寺中氏は「公民教育こそ戦後日本を民主主義的に再建する為の原動力であ」ると述べ、民主国家建設に向けて、すべての国民が豊かな文化的教養を身につけ、他人に頼らず自主的に物を考え平和的協力的に行動する習性を養うための公民館事業がスタートした。
本書はそうした理念を重んじながら、民間委託、経費削減の憂き目に晒されながらも創意工夫を重ねている公民館活動がまとめられている。千葉県佐倉氏、木更津市、君津市、習志野市などの千葉県各地の公民館職員の筆によるものであり、住民のニーズをしっかりと受け止めようという職員の真摯な取り組みの様子が伺われる。
公民館は行政や教育などのように国や都道府県の管轄にあるものではなく、すべて市町村が運営するものであり、地元自治体の考え方や職員の配置で大きく様相が異なる。公民館の充実ぶりはその自治体の総合力を占う指標となるものである。公営、民営を問わず、暮らしやすさの基準として公民館をみていきたい。

『日本野球100年−殊勲感激物語 』

関三穂・編『日本野球100年−殊勲感激物語 』(恒文社 1978)を読む。
恒文社とは聞きなれない名前だが、ウィキペディアによると、ベースボールマガジン社の兄弟社という位置付けらしい。
明治半ばの一高、早稲田、慶應を中心とした学生野球勃興期から、大学野球、高校野球の華やかりし大正時代、昭和0年、10年代の職業野球時代を経て、戦後の巨人、阪神、阪急、南海の強豪チームを中心としたプロ野球熟成期までの100年間の間に繰り広げられた激闘や死闘の名勝負が紹介される。名前だけしか聞いたことがなかった沢村投手や、選手時代の三原修、川上哲治、スタルヒンなどについて少し知ることができた。人力車で道具を運ぶくだりや、早稲田大学と慶應大学の因縁の対決など、歴史を感じる興味深い話もいくつかあった。
それにしても、昔の写真を見ると、バットやグローブも不揃いであり、グランドもボコボコと波を打っている。まさに言葉通り、原野や野人、粗野の「野」の字を持つスポーツとして出発したのである。

『できる人の勉強法』

安河内哲也『できる人の勉強法―短時間で成果をあげる』(中経出版 2006)を読む。
東進ハイスクールのCMでお馴染みの英語講師安河内氏の、高校生・浪人生向けの受験勉強法が分かりやすくまとめられている。大変読みやすい文体で、著者の個人的体験を交えつつ、「音読、健康、能率、興味、目標」を意識して勉強を楽しく続けるコツや、効果的な暗記法などを語る。
英語学や認知心理学などの専門的な立場からではなく、20年に及ぶ予備校講師の経験則から熱弁するので、説明内容以上に青年期に帰ったようなわくわくする気持ちになった。実際に講義を受けていれば、著者の語り口まで伝わってくるのであろうが、本だけでも十分な刺激となった。

『バイクで越えた1000峠』

加曽利隆『バイクで越えた1000峠』(小学館文庫 1998)を少し読む。
以下、公式ホームページ(カソリング 生涯旅人、賀曽利隆の旅日記:http://kasoring.com/profile)より転載

賀曽利隆
プロフィール
 1947年東京生まれ。
 1968年から69年にかけのバイクでの「アフリカ大陸一周」が旅人人生のスタート。
 その後、バイクやヒッチハイクにより、「世界一周(71〜72年)」「六大陸周遊(73〜74年)」と立て続けに世界を巡る。
 1975年に結婚するが、旅への意欲は衰えることはなく、赤ちゃんを連れてのシベリア横断アフリカへの旅、冒険家風間深志氏とバイクでのキリマンジャロ登頂への挑戦、サハラに魅せられて、パリ〜ダカール・ラリーにまで参戦した。
 一方、30歳を越えて初めて日本を一周。その後各年代での日本一周がライフワークとなっている。
 さらに、サハリン、インドシナ半島、韓国、中国と日本人がバイクで踏み込むことができなかったとろこへ果敢に挑む、まだ見ぬ地への思いは人一倍、地球上を自らの軌跡で塗りつぶし続ける。
 60歳代にして挑んだ、国内300日3000湯ツーリングは、1日10湯ペースでの温泉巡りでの日本一周、見事成功し、ギネスの認定を受けた。年1回のペースで続く、海外ツアーを手がける道祖神での「賀曽利と走ろうシリーズ」の秘境ツーリングも継続中で、旅への意欲はますます盛ん。

アウトドア誌やバイク・ツーリング誌で連載された「秘湯めぐりの峠越え」という企画が一冊の本になったのだが、雑誌連載当時にはあったであろうバイクや温泉の写真やイラストがほぼカットされており、「R○○号を左折して、××峠を越えて、○○橋を右折して…」といった活字だけの行程の説明が延々と続くだけである。編集側の事情もあるのだろうが、文庫化するのは無理があったと言わざるを得ない。せっかく地図を片手に読み始めたのだが、辛くなってページを閉じてしまった。
加曽利氏の魅力はあの人懐っこい笑顔の写真があってこそである。