読書」カテゴリーアーカイブ

『今昔物語集・宇治拾遺物語』

小林保治訳『今昔物語集・宇治拾遺物語』(現代語訳学燈文庫 1992)を手に取ってみた。
ちょうど宇治拾遺を扱うので、教材研究の一環としてページを開いてみたものの、ここしばらくの肉体的精神的疲れがピークに達しているため、本文は読まずに今昔と宇治拾遺の概略の説明だけ目を通した。その解説の最後にあった「お疲れの折には、説話集を繙いてくつろいで下さい」という一文が妙に印象に残った。

訳者は私の学生時代の中世文学と教育実習演習の担当教員であった。中世文学の方はあまり授業に出た記憶がないが、教育実習演習の方は実際教壇に立って30分ほど模擬授業を行うので、5年間で唯一真面目に出席した講義だった。しかも珍しいことに模擬授業の参考資料として中野重治の詩を取り上げた点を評価されたため、訳者の優しい語り口が朧げながら耳に残っている。
訳者の「お疲れの折には、説話集を繙いてくつろいで下さい」という言葉が、20年という時間を挟んで身に沁みてくる。

『大地の躍動を見る』

山下輝夫編著『大地の躍動を見る:新しい地震・火山像』(岩波ジュニア新書 2000)を読む。
東京大学地震研究所の設立75周年記念事業の一環として企画されたもので、地震や火山の仕組みや地球の内部構造、また、GPSを用いた地殻変動や海面高度の測定方法など、1章ずつ9人の教官が分担して執筆している。東大地震研究所は関東大震災の2年後に設立されたので、「地震」という名称を冠しているが、当初から火山噴火も研究の対象であり、現在では固体地球科学の研究所として、世界有数の規模をもつまでになっている。

代表著者の山下氏によると、地震学は一つ一つの物事が互いに影響を及ぼしあうことにより全体が成り立っている「複雑系」の学問である。地震はある日突然起こるものでなく、年数センチの速さで動き続けている地球のプレートやマントルの動きの積み重ねの結果なのである。また、地殻の対流だけでなく、太陽エネルギーによる大気や海流の動きでも地球内部は常に揺らされているし、月の引力によって海だけでなく大地も何十センチと上下運動を続けているのである。大規模災害をもたらす地震の研究に、地震計にも記録されない微弱な地球の揺れのデータを揃えていくことが大切なのだ。
およそ中高生に理解できないような専門的な話もあったが、地震学の奥深さは良く伝わってきた。

『スローサイクリング』

白鳥和也『スローサイクリング:自転車散歩と小さな旅のすすめ』(平凡社新書 2004)を読む。
自転車文学研究室なるものを主宰する著者が、目的地に向かって時間や距離を競うようなサイクリングではなく、国道から一本入った旧道の街並みに誘われ、廃線跡や田んぼ道に寄り道をし、そこで生活する人々の息遣いを感じながら走る「スロー」サイクリングのあり方を紹介する。さらには、真っ直ぐな自動車道や整然とした街並みといった近代主義に対置して、道なき道を走り、車も通れない細い路地を抜けていく自転車による勝手気儘な旅、引いては自分の存在そのものに見合ったスローな生き方を提唱している。

  □ 自転車文学研究室 CyclotourismeJP

『鏡の女』

内田康夫『鏡の女』(角川文庫 1990)を読む。
1987年(昭和61年)に「週刊小説」誌上に発表された短編で、表題作の他、『地下鉄の鏡』『透明な鏡』といずれも鏡に纏わる作品が2編収録されている。
あとがきの中で著者自身が短編が苦手と吐露しているが、3作とも旅情とも歴史とも無縁の短編で、陳腐なミステリー小説に過ぎなかった。読んでいても全く作品世界に入り込むことが出来なかった。

『貧困と愛国』

雨宮処凛・佐高信対談集『貧困と愛国』(毎日新聞社 2008)を読む。
建前としての平等や反戦平和を金科玉条とする「戦後民主主義」に反発を感じ右翼活動から左翼活動へと転向した雨宮さんと、戦後民主主義の権化ともなっていた日教組に背を背け執筆活動に入った佐高氏が、プレカリアート運動や右翼団体、左系の団体について奔放に語る。雑誌の対談だったのか、内容的には散漫であったが、雨宮さんと佐高氏があけっぴろげに経歴を語る件は興味深かった。