吉田友和『12日間世界一周! 忙しくても意外と行ける世界旅行』(角川文庫 2011)を読む。
夫婦で旅を楽しむ著者が、貯まったマイレージを使って、世界10カ国の弾丸旅行に挑む。著者自身の感覚や言葉でその土地の気候や食事、観光地などの感想が綴られていて、読者も一緒に旅に同行している気分になる。また、旅の終わりに仕事を辞め、専業作家になることを宣言する場面もあり、読者を飽きさせない。
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『ピラミッドは語る』
吉村作治『ピラミッドは語る:王の墓・黄金・盗掘』(岩波ジュニア新書 1985)をパラパラと読む。冒頭の著者の大学での学生運動との出会いやエジプトに渡った時のエピソードは興味深かった。大きなことを成し得る人間は、些事に拘らず、邁進していくものだと思った。
中盤以降は、エジプトの歴史やミイラの作り方の話が延々と続くのでさらっと読み流した。その中で、最後の著者の言葉が印象に残った。
考古学はすぎさった昔のことを掘りおこしていく学問です。そして考古学を学ぶ人は「時代は変わっても人間というものは変わらないのだ」ということをいくらかでも感じると思います。そこが大切なのです。我われは過去の歴史をみて現在がどのような時代なのかを客観的に知ることができるのです。考古学の存在意味の一端はそこにあると思います。
『古代遺跡見学』
直木孝次郎『古代遺跡見学:奈良・大阪・京都・滋賀』(岩波ジュニア新書 1986)をパラっと読む。
あまり興味がなかったので、読み流した。一部目を引いたところだけ引用。
滋賀県はいにしえの近江国である。この国の特徴はいうまでもなく日本最大の湖・琵琶湖の存在である。琵琶湖は海のように大きいが、潮水ではなく淡水なので、古代では淡海=オウミと呼ばれた。オウミという国名はそれから来ている。
その淡海の国名をなぜ近江と書くかというと、古代人はいまの静岡県の地方に、もう一つ大きな淡水の湖ー浜名湖ーのあることを知っており、それを遠つ淡海、琵琶湖を近つ淡海といって区別したことによる。
『中国を知る』
田畑光永『中国を知る』(岩波ジュニア新書 1990)を読む。
著者はTBSの記者で、1972年の田中角栄首相の日中国交正常化の際にも同行取材を行ったほどの中国通である。その著者が刊行1年前に起こった天安門事件や日中の交流史、そしてこれからの日中関係の3点についてまとめている。
天安門事件の頃の中国共産党の記者会見の様子が興味深かった。まるで現在の菅総理そのままではないか!
また、著者は以下の後に続いて、政権側に対して再質問に対する答えを義務づけることで、都合の悪いことには答えないという身勝手な態度が改まると述べている。
私が若いころ、中国からえらい人が日本にやって来て、記者会見する時は、あらかじめ質問をたくさん出させて、その中から自分で答えたい質問だけに答えて、あとは知らんぷりということがよくあった。ずいぶん奇妙な感じを受けたものだが、それがまさに国内での中国共産党の態度だったのだ。
『最新 47都道府県うんちく事典』
八幡和郎『最新 47都道府県うんちく事典:県の由来からお国自慢まで』(PHP文庫 2009)を読む。
著者は日本史と日本地理を専門とした作家・評論家で、1871年の廃藩置県から5年後の1876年にほぼ現在の47都道府県に落ち着いた経緯を丁寧に説明している。また、観光地や出身の有名人なども取り上げられており、気軽に読める本となっている。また、この手の本にありがちな参考文献の寄せ集め的な無個性な内容ではなく、著者の思いや主観がかなり色濃く書かれており、飽きることがなかった。
参考になったところを少し。
三多摩というのは、武蔵国に東西南北の多摩郡があったうち、いまの中央線沿線にあたる東多摩郡だけを23区に入れて、残りを総称したものだ。
三洋電機の下請け工場などが多い大泉町は外国人比率16%で全国1位。
埼玉県の東部に、岩槻という雛人形などで有名な城下町がある。もともと大岡藩二万石の城下町で、いまでは人口11万人の都市だが、埼玉県庁は本来はこの町に置かれるはずだった。埼玉県という名前もこの岩槻が埼玉郡に属するのでつけられたものだ。ところが、いざとなると岩槻市内には県庁にあてることが出来るような適当な建物がなかった。そこで、宿場町だった浦和に急遽顕県庁が置かれることになった。そして、この埼玉県が河越県と合併して成立したのが現在の埼玉県ということになる。県域は武蔵国の北半分で、埼玉とは先多摩から来ている。
