読書」カテゴリーアーカイブ

『地図を楽しもう』

山岡光治『地図を楽しもう』(岩波ジュニア新書 2008)を読む。
国土地理院で測量・地図技術の仕事に従事してきた著者が、行基図から伊能忠敬の測量技術、紙に立体を表現する際の細かいテクニックなど、かなりマニアックな内容を分かりやすく語る。

1942年の2万5000分の1の地形図には、「回」の字をかたどった回教寺院(モスク)の地図記号があったと知った。また、日本の詳細な地図を作成する上で三角点の持つ重要な意味を語るのだが、1990年以降は三角点から電子基準点へと変わっている。三角点は動かない前提なので、地図作成の基準となったのだが、電子基準点は地殻変動や地震予知の研究などに有効利用され、常に動いている大地を観測するものになっている。三角点から電子基準点へと正統に進化する中で、その果たす役割が180度逆転しているというのは面白い。

『生きた地球をめぐる』

土屋愛寿『生きた地球をめぐる』(岩波ジュニア新書 2009)を読む。
日本地学教育学会の一員として、1000を超える世界の都市を訪れた著者が、南極点や北極点を含む世界中の地学に関する名所を紹介する。ギアナ高地に始まり、アフリカ大地溝帯、アイスランド、イエローストーンなどの内的営力によって生じた奇観や、ナイアガラ滝やソグネ・フィヨルド、秋芳洞、アタカマ砂漠などの外的営力によって生まれた景観などを、訪れた際のちょっとした思い出とともに語る。200を超える世界自然遺産の全て紹介し尽くしたのかとボリュームである。

『科学はどこまでいくのか』

池田清彦『科学はどこまでいくのか』(筑摩書房 1995)をパラパラと読む。
執筆当時は山梨大学の教授を務めており、生物学を専門とする著者が、自然科学と人間の関係性について分かりやすく説明している。科学というよりも哲学書である。
本筋の議論とは離れるが、気になったので引用しておきたい。

今から約2500年ほど前に、仏教の開祖、釈迦は80歳の高齢で亡くなった。死の直前に、釈迦は弟子のアーナンダに請われて、最後の説法をする。
「アーナンダよ、なんじはここに、自らを灯明とし、自らを依り処とし、他人を依り処とせず、法を灯明とし、法を拠り所とし、他を拠り処とせずして住するがよい」
釈迦の遺言とも言うべきこのコトバは、他の宗教の教義に比べるとかなり異様である。たとえば、普通の宗教、とくに一神教であれば、神の教えにのみ従って生きよ、とか言いそうなものである。
自分と法だけに従って生きよ、とはどういうことか。法律に違反しないならば、自分勝手に生きてよい、と言っているわけではなさそうだ。
問題となるのは、法とは何かということである。(中略)法は真理であるととりあえず考えてみよう。仏教にはキリスト教にみられるような、神による創世記といった話はない。キリスト教のような一神教においては、この世界も世界の真実も、ともに神によって与えられているものである。すなわち真理はア・プリオリに(先験的に、あらかじめ)ある。仏教の法はア・プリオリに与えられているものではない。
普通の宗教の教義は、こまごまとした記述(教典)にって与えられているものである。ここでは真理は学ぶことによって得られる。しかし、仏教の法は、基本的に学ぶものではなく、悟るものである。釈迦の遺言は、「真理は自分で悟れ」と言っているように私には聞こえる。残念ながら、現在の日本の大部分の仏教は制度化され、真理は学ぶものになっているが。

釈迦は若い頃、激しい苦行をしたと、伝えられる。(中略)伝えられるところによれば、言語を絶する苦行にもかかわらず、釈迦は死を超えて生きる道を見出すことはできなかったという。
苦行を終えて河から上がってきた瀕死の釈迦は、村娘のスジャータのさし出す乳粥を食べた。その時釈迦は忽然として悟るのである。どんな偉そうなことを言ってみても、人間は大いなる自然に生かされている存在にすぎないのではないかと。自我だ俺だと騒いでみても、自我は自分が生まれることも、老いることも、死ぬことも何一つ決定することはできないではないか。私の体は自然そのものではないか。
乳粥を食べて、生気が戻った体は、牛の乳により生かされており、牛は草により生かされており、草は太陽と水という天地の恵みにより生かされている。人間は自然という大いなる生命体の一部であり、自我が滅しても恐れることはなにもない。
仏教でいちばん重要な無我という思想は、このようにして生まれたのではないかと、私は勝手に思っている。

仏教はこのあと様々な分派に分かれ、様々な教義が作られてゆくが、釈迦の思想として今ひとつ重要なのは、このような自然観を、教義を通してではなく、すなわち人に学ぶのではなく、自分の体験を通して悟れ、と言っているところにある。

『はちまん』

内田康夫『はちまん』(文春文庫 2009)を読む。
上下巻でかなりの分量だった。内田康夫氏の持論でもある、右翼や左翼の相剋を超えて、戦前の歴史を一括して否定(肯定)する幼稚な歴史観への疑問が強く打ち出されている。最後に犯人グループが雷に打たれて天罰を受けるなど、ストーリーとしてはやや破綻している。ただ、久しぶりの浅見光彦シリーズで旅上ミステリー色満載だったので、最後まで飽きなかった。

『天皇制と共和制の狭間で』

堀内哲編『天皇制と共和制の狭間で:30代〜90代の日本のエンペラー論』(第三書館 2018)をパラパラと読む。
日本共和主義研究者の堀内氏は担当の「原発と米軍基地がなくなる『共和制日本』へ。」の項の中で、現行の立憲君主制から大統領制への移行を提案している。堀内氏は自由党(当時)や都立大学の木村草太教授の見解を参考に、生前退位は天皇個人の政治行為であり違憲だとする。さらに、皇室典範そのものが天皇の一個人としての人格を否定しているものとし、天皇制自体を維持すべきでないと述べる。そして、国民統合の象徴である現行天皇制を廃し、国民の意志が反映しやすい直接民主制の大統領制度にすべきだと主張する。

法律論的には色々な見解があるのだろうが、一般に王室(皇室)を持っている国は、国家元首(国家大権)としての機能を王室が代替するため、大統領制は馴染まないという。王室を有するイギリス連邦各国やスペイン、オランダ、タイも議院内閣制をとっている。

堀内氏は、米軍基地にノーを突きつけたフィリピンのドゥテルテ大統領を引き合いに、日本も原発や米軍基地問題などにはっきりと国民の意思を示すことのできる大統領制の実現と、それに伴う天皇制の廃絶を提言する。そのためには、「9条改憲に反対しながら『共和制移行』を模索する高度な政治」が必要だと述べる。

議員内閣制は間接民主制であり、民意を反映しにくいという意見には承服しかねるが、堀内氏のストレートな論の進め方には好感が持てる。他にも反天皇制連絡協議会の天野恵一氏や元日本赤軍リーダーの重信房子さんも寄稿されている。これからも息の長い運動であることは相違ない。