木下誠一『雪の話・氷の話』(丸善 1984)をパラパラと読む。
タイトルそのまま雪と氷の話である。海氷を除く地球上に存在する氷の90%が南極に、9%がグリーンランドにある。南極の氷を日本全土だけに蔽ったとしたら、地上80キロメートルの高さに達する膨大なものである。また、永久凍土は地球上の全陸地の14%を占める広大なものである。
「読書」カテゴリーアーカイブ
『ウィシュマさんを知っていますか?』
眞野明美『ウィシュマさんを知っていますか?:名古屋入管収容場から届いた手紙』(風媒社 2021)を読む。
書評を担当されたフォトジャーナリストの安田菜津紀さんの文章が良い。そのまま引用したい。
入管で亡くなったスリランカ人女性・ウィシュマさんが遺した手紙を1冊に!
名古屋出入国在留管理局=通称「名古屋入管」。〈日本人〉にはおよそ縁のないこの施設の4階には「収容場」があり、2021年3月6日、スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんがここで命を落としました。いまその死の真相をめぐり、日本の外国人管理政策そのものに疑念が突きつけられています。
ウィシュマさんは日本語を学ぶために来日した留学生でした。ところが当時の交際相手のDVのため日本語学校に通えなくなり、在留資格を失いました。ほとんど着の身着のままの状態で、助けを求めて警察に駆け込みますが、「不法滞在者」として入管に送致されてしまいます。DV被害者をシェルターではなく入管に引き渡した警察、DVの事実を知りながら収容した入管庁は、ともに法令的にも人道上でも大きな過ちを犯したのです。
本書では、仮放免後にウィシュマさんの身元引受人となるはずだった著者・眞野明美さん宛に書かれたウィシュマさんの手紙を全て公開しました。収容場の中でウィシュマさんは眞野さんとの平穏な生活を夢み、未来への希望を抱いていました。しかし1月28日夜、吐血。収容場の過酷な環境の中でみるみる衰弱してしまいます。2月2日の手紙には、眞野さんに助けを求める悲痛な叫びが書きつけられていました。
「彼らは私を病院に連れて行こうとしません。私は彼らに監禁されているからです。私は回復したい。……すべての食物や水も吐いてしまう。どうしていいかわからない。今すぐに私を助けてください。」
眞野さんたち支援者の必死の抗議もむなしく、適切な医療を受けられなかったウィシュマさんは1ヶ月後に亡くなりました。日本の入管施設で収容者が死亡するのは1997年以降24人にのぼります。
なぜ入管で人間が死なねばならないのか。不法滞在とは死の報いを受けなければならない犯罪なのか。国連人権委員会に「国際法違反」と指摘される日本の無司法・無期限の収容体制こそ裁かれるべき犯罪行為ではないのか──。ウィシュマさんたちの死が問いかけてきます。私たちのことを知ってください、と。
『地層の調べ方』
藤本広治『地層の調べ方』(ニュー・サイエンス社 1980)をパラパラと読む。
執筆当時小学校の教諭だった著者が、自身で撮影した写真をもちいながら、丁寧に岩石の種類や地層のでき方などを説明する。写真が暗くて見にくかったが、専門用語も少なく理解しやすい。
地層の形成に氷河期の海水面の沈降の影響が大きいと初めて知った。
『インカの末裔と暮らす』
関野吉晴『インカの末裔と暮らす:アンデス・ケロ村物語』(文英堂 2003)を読む。
著者の関野氏は、1993年に人類の軌跡を辿る旅を南米最南端パタゴニアから始め、2002年無事にゴールのタンザニア・ラエトリに到着した冒険家でもある。
本書ではインカ帝国の末裔とも称される旧都のクスコから車で6、7時間、徒歩で2日間かかる場所にあるケロ村での人々の暮らしが写真入りで紹介されている。著者は15年間で12回もケロ村を訪れており、アンデス山脈の3000mの標高差を利用して、牧草地と農耕地を使い分け、多種多様な生態系を利用する自給自足の生活の知恵について丁寧に説明している。
高地のよく似たアルパカとリャマの違いだが、著者には容易に見分けがつくという。しかし、中にはどうしても区別のつかないものがおり、聞いてみたところ、リャマとアルパカの混血だという。馬とロバの混血のラバのように、それぞれの長所を合わせ持つ動物になるそうだ。何か冗談のような話だ。
『はじめよう微積分』
川久保勝夫『はじめよう微積分』(遊星社 1991)をパラパラと読む。
著者自身が本書の目的を「教科書のように無味乾燥に書かれたものと、興味本位で、結論だけ述べてお茶を濁すというやり方のもの(中略)の両者のギャップを埋める」ものだと述べているように、簡単な数式やグラフを用いて、微積分の全体像について分かりやすく説明している。
著者は「車の瞬間速度が微分だ」と述べる。そして刻々と変化する車の走行距離のグラフを示した上で、「微分とは、関数をグラフで表したとき、接線の傾きを求めること」と説明する。
微分が傾きを求めるのに対し、積分は面積を求めることにあると述べる。そして、複雑な曲線も簡単なもので近似し、その極限として走った距離および面積をとらえる」のが積分だと説明する。
各家庭にある電気のメーターは積算電力計と呼ばれ、時々刻々変わる電流の量をグラフに表したときの面積としてもとめられます。
