村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫 1982)を読む。
ここしばらく仕事で忙殺されているので、たまの休みくらい現実から逃避したいと思い、本棚の奥から引っ張り出してきた。高校か大学時代に読んだことがあるのかどうか記憶が定かではないが、ページを繰る小1時間ばかし仕事を忘れることができた。
内容は執筆当時29歳の作者が21歳の大学生時代の一夏の生活を振り返るという設定になっている。現在住む東京と田舎、そして8年間という「距離と時間」の差に対する意識がテーマとなっている。大学での生活から8年間が経過したが、果たしてその間隙は成長であったのか、後退であったのか、いやそれとも時間そのものが流れていないのか。僅か8年前のことなのに架空のように感じてしまう20代最後の作者の心境が描かれ る。
タイトルの「風」について作中の火星の大地に吹き荒れる風をして次のように言わしめる。
君が(火星人が掘ったとされる)井戸を抜ける間に約15億年という歳月が流れた。君たちの諺にあるように、光陰矢の如しさ。君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は時の間を彷徨っているわけさ。宇宙の創世から死までをね。だから我々には生もなければ死もない。風だ