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『ナコイカッツィ』

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ゴッドフリー・レジオ監督脚本『ナコイカッツィ』を渋谷のユーロスペースへ観に行った。
最終日ということもあってかなり多くの観客がいた。時差ぼけが続いており眠いのを我慢しながらの鑑賞であったが、まあまあ楽しめた。この世のあらゆる営みがデジタルと戦争によって色付けられてしまう恐怖をコラージュ風の映像で紡ぎ出す。前々作の『コヤニスカッツィ』は一部に「映像叙情詩」とも評されたが、今作も、デジタルと戦争というものがいかに人間的な表情を奪い、人間性を破壊し、しかし人間の本能的な衝動を巧みに刺激するという本質を露にしている。

『ラブストーリー』

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クァク・ジェヨン監督・脚本『ラブストーリー』(2003 韓国)を大宮へ観に行った。
『猟奇的な彼女』の監督の作品であるため、期待して観に行ったが、期待を裏切らない純なラブストーリーであった。2003年の女子大生のありきたりな恋愛と、親の日記中における1968年という激動の時代の恋愛がオーバーラップしながら話は展開していく。黒髪の俳優女優が出演しており、最初は日本映画かと勘違いしてしまうが、韓国の朴正煕軍事政権から金大中民主政権への移行、その契機ともなったベトナム戦争体験も描かれており、後半部は日本映画との違いが目立った。一つ面白いことに気づいたのだが、男女別学で自由恋愛が御法度な時代の方が恋愛に対する熱意も、相手を振り向かせようとする愛の言葉も豊富で、逆に携帯でいつでも連絡が取れる現代の方が「相手は分かってくれるだろう」という思い込みが先行し、恋の言葉も激しさも減ってしまっている。「ロミオとジュリエット」のようにハードルが高ければ高いほど恋愛は盛り上がるという古典的な恋愛の法則を示しているのだろうか。

『解夏』

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本日岩井へ、磯村一路監督・脚本『解夏』(2003 東宝)を観に行った。
春日部から茨城県岩井市は車で行ってもかなり遠く、途中関宿の木間ケ瀬から利根川にかかる下総利根大橋を越えて岩井に入る辺りは寂れたところでまったく人気がなくなってしまう。しかしそうした所を通ることで、埼玉という「現実に生活する」世界から岩井という「虚構の物語」の世界に入り込む錯覚を覚える。岩井市民には申し訳ないが、岩井は電車も通っていない町であり、周辺の町からも離れており、私にとって現実とは繋がっていないない架空の世界である。ちょうど川端康成の『雪国』におけるトンネルのように、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』における暗い建物のように、はたまた『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』における畳の下の遥か遠い宇宙へつながる時空の扉のように、現実と虚構の架け橋を越えて岩井に出掛けていくのである。

話の内容としては病気が進行していくほど恋愛感情も高まっていくという典型的な恋愛ストーリーであり、台詞も陳腐な者であったが、主演の大沢たかお、石田ゆり子の演技がすばらしく、最後まで見入ってしまった。俳優あっての映画であろう。また長崎の観光地もあちこち紹介されており、ぶらぶらと長崎の町をあてもなく散歩してみたくなった。

『ジョゼと虎と魚たち』

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先週の土曜日に、犬童一心監督『ジョゼと虎と魚たち』(2003)という映画を渋谷パルコへ観に行った。
仕事が終わってからすぐに出掛けたが、単館上映であり、しかも初日だったので、観れるかどうか心配だったが、いつもながらぎりぎりセーフであった。池脇千鶴演じる脚の不自由なジョゼに対して「こわれもの!」と叫ぶシーンなどにどきりとしたが、極めて普通の恋愛映画であった。

 

「障害者」の恋愛映画というと変に肩に力の入ったものが多いが、脚の障害を変にクローズアップする事なく、どこにでもありがちな関西の若者の恋愛事情として描かれていた。世間によく言う「バリアフリー」とは公共施設や生活設備などの段差をなくすことだけではなく、「障害」があろうとなかろうと、一人の人間は一人の人間であり、そして時には恋愛の対象としてつき合っていくことが出来る心を持つことだと、見終わった後にしみじみ感じた。決してこの「ジョゼ〜」は人権映画でも、教育映画でもない。単なる恋愛映画である。

『死ぬまでにしたい10のこと』

イザベル・コヘット監督脚本『死ぬまでにしたい10のこと』(2003 松竹)を観に行った。
制作者の多くがスペイン人で、俳優はカナダ人やアメリカ人という異色の映画である。余命3ヶ月と診断された23歳の女性の心理を巧みに描いていた。
解説者風に述べるならば、死を前にすることで人間は初めて自らの生の目的を問い始める。しかし将来の夢を夢想する前に17歳で結婚し、親の庭先にあるトレーラーの中で暮らす女性にとって、残された人生でやり残したことは「家族でビーチへ行く」ことや「爪とヘアースタイルを変える」など容易く実現可能なものしかない。男である私はこの映画の主題をそうした広い世界を知ることが出来なかった女性の悲劇であると捉えた。しかし女性の見方はかなり違ったものになるだろう。

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