読書」カテゴリーアーカイブ

『27歳の転機』

Bing編集部編『27歳の転機』(メディアファクトリー)を読んだ。
60人程の各界の著名人による27歳という人生のターニングポイントを振り返るエッセー集である。その中で印象的な言葉が幾つかあった。

「人生思い通りにはいかないよ。だから、思いどおりにやればいいんだ」
「27歳というのは自分ではもう年かなと思うかもしれませんが、社会的にはまだまだ若い年齢です。夢中になれる時期なのです。後期青年期と呼べる時代です」

私自身25で大学5年生を送っていたときは「もう歳だ」と感じていたが、現在27で社会人生活を送っていると、「30までの2・3年、まだ勝負できるな」と考えてしまう。あの時あれをやってればと後悔することが多い。どのような人生を送ろうと後悔はつきものだが、「バリケード」を越えてしまった今の立場からもう一度「自分」を捉え直していきたい。

「若いうちはすべての規則に従ったほうがいい。そうすれば年をとってから規則を破る力が手に入る」
―マーク・トゥエイン―

『電脳社会の日本語』

加藤弘一『電脳社会の日本語』(文春新書)を読んだ。
JISコードやユニコード制定における漢字の扱いについて分かりやすく書かれていた。インターネット社会ではアルファベットが中心であり、漢字はグローバル通信には馴染まないものだという意見がある。確かに漢字は「高」や「辺」という字には異体字が多く、どこで区切りをつけて分類するのか、特に人名漢字はその人のアイデンティティーに関わるために容易に解決できないだろう。しかし漢字は文字の形が一定しており表示と編集の違いを意識しなくて済む。漢字の処理が難しいといっても、量の問題に過ぎない。しかしアラビア語やチベット語の文字は前後との組み合わせによって字形が変化するので、現在の技術ではデジタル化できないというのだ。マックも来月からOSが根本から変わり、ユニコードとOpenTypeを基本とするようになるが、日本語環境には慎重を期して欲しい。

『クルマ・20世紀のトップランナー』

星野芳郎『クルマ・20世紀のトップランナー』(岩波ジュニア新書 1986)を読んだ。
20世紀はまさにクルマの時代であったと改めて思う。帝京大学教授の降旗節男氏は戦後の日本のマスコミ・教育・政治・行政のすべてがクルマのためであったと述べていたことを思いだした。降旗氏の言を借りるならば、日本の戦後教育はクルマを購入することができる中間所得層の拡大のためにあり、テレビ、新聞、ラジオはクルマのCMを流すことが主目的で、番組はクルマのCMの間を埋めるものだと言える。また高度経済成長はクルマを走らせるための国道・高速道路への公共投資が柱であり、それを監督する運輸省・建設省を牛耳った自民党が55年体制を支配し続けたのだ。バブル以降情報通信分野への公共投資が叫ばれているが、クルマを走らせるためだけに国造りを行ってきた戦後の総括が必要であろう。

『ワープロ・パソコンで書く技術』

安田幸弘『ワープロ・パソコンで書く技術』(日本実業出版社)を読んだ。
マックでもWORDやEGBRIDGEなどワープロソフトがだんだん巨大化していくなかで、使いやすいワープロを選んでいくにはもう一度初期ワープロの機能や使い勝手を考えていく必要がある。一年に一回使うか使わないかの文字飾り機能があふれている現在のワープロソフトよりも、最低限の機能が使いやすいようにレイアウトされたエディターに近いものの方が日常使用するには良い。