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『秋山秀一の世界旅』

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秋山秀一『秋山秀一の世界旅』(八千代出版 1999)を読む。
地理学者で、現在東京成徳大学観光文化学科長を務める著者の旅コラムである。
世界70カ国を旅した著者が、世界の都市の文化や風景、オススメスポットに加え、旅の準備や心構えを語る。
ブログ的な軽妙な内容で話の重複も多かったが、帝国書院の地図を片手に世界良好気分を味わうことができた。

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東京成徳大学のホームページより

『国語教室』

大修館書店から教員向けに刊行されている『国語教室』の第100号(2014年11月25日発行)をパラパラと読んだ。
100号記念の「私はこう考える これからの国語教育のために」と題した特集が興味深かった。思想家の東浩紀氏、姜尚中聖学院大学学長、詩人の小池昌代さん、精神科医の斉藤環氏、劇作家の竹内一郎氏、評論家の宇野常寛氏、元アスリートの為末大氏、女優の中江有里さん、俳人の長谷川櫂氏、社会学者の古市憲寿氏、計10人の方がコメントを寄せている。
それぞれの立ち位置から、東氏は「初等教育に論理的文章を書く機会を取り入れるべきだ」と延べ、姜尚中氏は「新たな外国語あるいは翻訳語の拡大・浸透に柔軟に対応する国語教育」の必要性を強調し、また、古市氏は「現代社会にそぐわない手書きを廃止せよ」と述べる。身体論や非言語情報、コピペ術など、国語教員の発想とはかけ離れた視点からの提案が面白かった。
長谷川氏は「言葉は通じない」と断言し、宇野氏は「お役所的建前や世間的体裁から自由であり得る領域が、世界には、文化空間には存在し得ることを制度的に教え得る数少ない機会が国語の時間だ」と言う。
どうしても「文学教育」「古典教養」という呪縛から逃れられない国語教員にとって、「言語能力を育てる教科」という国語科の目標を改めて理解するよい「材料」であった。

『鳥取雛送り殺人事件』

内田康夫『鳥取雛送り殺人事件』(中央公論社 1991)を読む。
名探偵浅見光彦が活躍するシリーズである。
年末に出雲大社を参詣しようと計画しており、鳥取や島根に纏わる作品をと思い手に取ってみた。
鳥取県の用瀬にある流し雛の館や若桜の鬼ヶ城跡の写真をGoogleMAPで確認しながら、一時の旅行気分を味わった。
物語自体は、古い神社の言い伝えや怨念といったイメージで誤魔化されてしまったような感じで、あまりワクワクするような展開ではなかった。

『秋田殺人事件』

内田康夫『秋田殺人事件』(光文社文庫 2004)を読む。
2002年に刊行された本の文庫化である。
実際に起きた、秋田県や秋田銀行などが出資した第3セクターの会社による欠陥住宅販売事件をもとにしたミステリーである。
勘が冴え渡る浅見光彦氏のヒーロー譚の味は少し抑えられ、地方の県の閉鎖性やなれ合い体質を非難するセリフが浅見氏の口から語られる。
因循な体質の県庁や県議会、県警に正義の鉄槌が落とされ、読者が溜飲を下げるような結末となっている。

『橋梁のある風景』

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チーム旅写人『橋梁のある風景:東北編』(彩風社 2010)を観る。
東北地方のローカル線の走る橋梁の写真集である。深い渓谷や大きく蛇行する河川などに架かる橋梁と共に、その上を走る鉄道列車が一緒に一枚の風景写真に収められている。
奥深い山の緑や無骨な橋脚といった「静」の世界と、鉄道の「動」の世界のコントラストが目に鮮やかであった。