村上龍・坂本龍一対談集『EV.Cafe 超進化論』(講談社文庫 1988)を少しだけ読む。
本棚を整理するため、大昔に買った本を捨てようと手に取ってみた。つくば万博に行った話が出てきたので、確認してみると、1985年に単行本として刊行された本だった。
小説家村上龍氏と音楽家坂本龍一氏が、吉本隆明、河合雅雄、浅田彰、柄谷行人、蓮實重彦、山口昌男の6氏を迎え、社会や文化、政治、日本をぶった切っていく。ニューアカデミズムのど真ん中を行く内容であった。
当時の文学や映画、思想の状況がリアルには理解できないので、いまいち頭に入ってこなかった。
確か、大学生の頃に買ったのだが、背伸びすることに憧れていたのであろうか。
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『身体を売ったらサヨウナラ』
鈴木涼美『身体を売ったらサヨウナラ:夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬社 2014)を半分ほど読む。
タイトルが刺激的で手に取ったみた。慶應大卒、東京大学大学院修士課程修了、元キャバ嬢兼セクシー女優で、日本経済新聞社に勤務していたという風変わりな経歴の著者のコラム集である。
社会学を専攻されている著者のコラムなので、サブカル的な主題が隠されているのかと期待して読み始めたのだが、極めて個人的な恋愛話や家族、友人の世間話が延々と続くだけだったので途中で読むのをやめた。
『知って楽しい地図の話』
田代博『知って楽しい地図の話』(新日本出版社 2005)を読む。
執筆当時筑波大学附属高校の地理の教諭であった著者が、授業実践から地図の種類や読み方、パソコンを活用した地図教育など、図入りで分かりやすく解説している。10年以上も前の本なので、紹介されている地図ソフトの開発が終了していたり、カーナビやGoogleマップの情報が古かったりするが、地図全般の知識の整理に役立った。
本書で紹介されているサイト(抜粋)
□著者田代博のホームページ
□景観描画ソフトカシミール3Dのホームページ
□火山ハザードマップデータベース
□国連WFPハンガーマップ
□地理院地図
『春灯雑記』
司馬遼太郎『春灯雑記』(朝日文芸文庫 1996)を3分の1ほど読む。
1989年の夏から1991年の夏にかけて「月刊Asahi」に連載された講演記録などの文庫化である。
5つの章立てのうち、「踏み出しますか」「義務について」の2編を読んだ。
その中の1991年の講演会「21世紀の日本」委員会創設記念フォーラムでの言葉が印象に残った。右傾化に揺れる現在の日本の置かれた立場をずばりと評し、著者なりの方向性を示した文章である。
他にも著者の圧倒的な知識量に裏付けされた言葉に敬服した次第である。
私どもは、現在の文明のにない手としては、ほとんど近似値まで行っているようにおもいます。例えば、自由であること。日本社会は自由ですね。かといって、自由を世界に売りだすほどに(文明のにない手は、文明の押しつけ手でもあります)タフな自由ではありません。
たとえば、(中略)労働市場の自由制についてです。仮に他国に自由を押しつけるからには、自らも自由でなければなりません。”どうぞご自由に、すきなように日本にいらしてください、そして永住して働いてください、一定のゆるやかな基準によって日本国民になることができます”というふうなレベルには、私どもは達していないのです。すくなくとも私などは、遠い将来はべつとして、たったいまのこととして申しますと、とんでもない、いまのままの日本がいいんです、とおもってしまうのです。なにぶんトシをとりましたから、目の前の安寧秩序を愛してしまうところがあります。そして子々孫々、日本が平穏無事であることを祈る気持が強いのです。
ともかくも、アメリカの開放的な市場経済の社会に手も足もつっこんで成功した以上は、自らもアメリカと同様のレベルで市場開放せざるをえないことは、当然なことです。
このままの成長を続けていけば、やがては労働市場も、いまの幅などよりはるかに大きな規模で開放せざるをえなくなるでしょう。”国際化”などというような、口頭禅ですむ規模ではありません。
もし大きな規模で労働市場を開放すれば、国家そのものが変質します。より純粋度の高いステートたらざるをえなくなるでしょう。(中略)
ともかくも日本が閉鎖的でありえた段階は、いまがぎりぎり一杯のところだとおもいます。
あとは、多様性のなかで、根幹になる日本の炉心のようなものが溶けてしまうか、つまり骨なしの多様性になって泥沼のようになるか(そういう国はほろびるでしょう)、それとも日本の炉心(アメリカで言えば、初期のプロテスタンティズムのようなものです。日本の場合は、武士道とうけとってもよく、江戸っ子の心意気とうけとってもいいでしょう。江戸っ子の心意気は、流入してくる他地方からのひとびとのなかで、普遍性として、醸しだされたものです)をたかだかとのこして、のこすことによって多様性に堪えられる精神力をつくっておいて、日本を普遍化させてゆくしかないでしょうか。
要するに”日本人はいいやつらだ”というものを再生産してゆくしかないのではないでしょうか。やや抽象的にいれば、古来の日本精神史における”いい感じの日本”というものを再発見して再充電しつつ、多様性に堪えてゆくしかありません。
『歓びの島』
津島佑子『歓びの島』(中公文庫 1978)を手に取ってみた。
文庫本の裏表紙の宣伝文句には、「別れた夫の影におびえる寂寞とした日々に、無垢の子供たちの楽園を夢見る表題作のほか、男との屈折した関係を生きる女たちの孤独の仄暗い情念の起伏を、現実と幻想のはざまに描く意欲作九編」とある。
疲れが出ているためか、まったく頭に入ってこなかった。
