投稿者「heavysnow」のアーカイブ

『グローバリゼーション』

伊豫谷登士翁・編『グローバリゼーション:思想読本[8]』(作品社 2002)をパラパラと読む。
Wikipediaで調べてみたところ、編者の伊豫谷氏は東京外国語大学と一橋大学で長らく教鞭をとられ、本書のタイトルにもなっている「グローバリゼーション」に関する研究に従事していた研究者である。経歴を見ると、つい先月の5月28日に逝去されたばかりであった。

ほとんど読んでいないのに読んだふりをすると、要は政治のグローバリゼーションが帝国主義であったり、共産主義であったり、また経済のグローバリゼーションが多国籍企業やWTO、IMFであったり、さらには環境問題やエネルギー問題、イスラム教、移民・難民なども関わってきたりと、現代社会そのものがグローバリゼーション抜きには語ることができなくなっている。そうした現状を語った上で、グローバリゼーションを分析する上でも、批判する上でも、人文・社会・自然といった旧来の枠組みを完全に組み替えるような新たなアプローチが求められると述べている。

「最後のNY市公衆電話撤去」

本日の東京新聞朝刊記事から。
なぜ、このようなニュースを取り上げたのかというと、地理B(地理探求)の共通テストで何度か、固定電話の普及率と携帯電話の普及率に関する問題が出題されたからである。ぱっと見、以下の公衆電話の記事を読むと、高校生の皆さんは古臭い話題が取り上げられているんだなと感じてしまうかもしれない。

しかし、公衆電話を含めた固定電話網は先進国と呼ばれる国ほど普及しており、BRICS含め、この1990年代以降に経済成長を遂げた国は、固定電話網が普及する前に携帯電話の基地局が整備されたので、スマホは持っているが、街中に公衆電話がなく家にも固定電話がないというのが常識になっている。数年前にヨーロッパの国とアフリカの国の電話網の比較から、国名を答える問題が出題されている。

ここでいう先進国とは一人当たりのGNIが10,000ドルを超える国であり、190数カ国の3分の1を占める。また、開発途上国とは一人当たりのGNIが3,000ドル以下の国であり、同じく190数カ国の3分の1くらいの数である。地理総合で配布している統計データに詳しく載っているので、興味ある人見てほしい。高校や大学の偏差値を見ると、その学校の雰囲気が大体理解できるように、一人当たりのGNIを覚えると、大体の国の様子が見えてくるであろう。

地理で受験を考えている人は、一人当たりのGNIを必ずチェックしておこう!
また発表を聞きながら、「国全体のGNI÷人口=一人当たりのGNI」を頭の中で計算していくと、発表内容以上にその国を知ることができるはず。

「外国人の夫に在留資格を」

本日の東京新聞夕刊に、望月衣塑子記者の署名記事で、日本人と結婚したにも関わらず、在留資格が切れてしまい、家族がバラバラになってしまった外国人の事例が紹介されていた。望月さんは映画化もされた著書『新聞記者』で、歯に衣着せぬ発言で注目されている記者である。

私は授業の中で、資源・エネルギー問題と、移民・難民問題の2本の柱を常に意識している。資源・エネルギー問題では、日本の地帯構造や地球温暖化、石炭の仕組み、ロシアの外交などの話題に触れる中で、日本が取るべきエネルギー政策を考えてもらいたいと考えている。もう1つは移民・南民問題である。独裁政権や飢餓、EUに流入するシリア難民、日本で暮らすクルド人コミュニティなどの話題から、皆さん一人ひとりが今後の日本の移民政策に向き合ってもらいたいと考えている。

今回は日本の移民政策に関する

『消えゆく限界大学』

小川洋『消えゆく限界大学:私立大学定員割れの構造』(白水社 2016)を読む。
大学を卒業後、20数年間、埼玉県の県立高校の地歴科の教員として勤務し、私立大学の教職課程担当となった著者が、主に女子大や短大から4年制大学へ移行し、鰻登りに成長していった大学、一方で生徒募集に行き詰まっている大学の現状を紹介し、理事会の経営判断の重要性を力説する。

著者は短大や女子大から4年制の共学大学への移行に成功した例として武蔵野大学と目白大学を挙げている。また、地方の大学という不利な条件を覆して地元密着型の就職で成功した例として松本大学と共愛学園前橋国際大学をあげている。1990年代末から急激な生徒減少を迎え、多くの大学があたふたする中で、理事会の経営判断の早さが功を奏した好事例として評価している。

一方で、1990年代以降、高校生が興味を持ちそうな「国際」「コミュニケーション」「子ども」「心理」「情報」「環境」「スポーツ」の7つのキーワードの中から2語組み合わせた学部・学科が急増したが、それらを擁する大学が2010年代に入って軒並み生徒募集に苦しんでいる。それらの大学は「ゴールデンセブン」とも言われる1986年から1992年までの大学の臨時収入が急増した時期に、大した経営展望のないままに短大から4年制に改組した大学や就職直結の医療系や福祉、教育学部を新設するだけの拡張路線を突っ走った失敗事例として取り上げている。

孫引きになるが、英文学者で法政大学名誉教授であった川成洋私は、2000年に上梓した『大学崩壊!』の中で、次のように述べている。まるで昨年今年の日大の理事会をそのまま評したような内容である。

 理事の中には、大学の経営とか運営といった視点を微塵も持ち合わせず、まるで自分ですべて決定しうる「零細企業の社長」か「町の商店主」気質丸出しの人物が多い。一口で言えば、金と権力には貪欲で、おおよそ「教育」とか、「学問」などといった理知的な分野に馴染まない連中が、何故か、ちゃっかり理事に収まっている。