本日の夕刊にパワーブックG4に使用しているソニー製のリチウムイオン電池に不具合が発見され、発売元のアップル社がリコールを始めたとの記事が載っていた。私が現在使用しているパワーブックG4も、膝の上で使っていると火傷するんじゃないかと感じるくらいであったので、ホームページを調べてみたら該当機種であった。早速手続きをしたところ、4〜6週間以内に新しいバッテリーが届くということだ。購入して2年以上経過しバッテリーがへたってきていたところだったので正直儲け物であった。妻が使っている旧型のパワーブックG4550も無償交換の対象にならないだろうかとあらぬ期待を抱いてしまう。
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『20世紀の意味』
石堂清倫『20世紀の意味』(平凡社 2001)を読む。
石堂氏は、戦前日本共産党に入党し満州で検挙され、戦後共産党に復党するも除名処分になり、在野でイタリア共産党のグラムシの思想を紹介し、社会主義運動の再生を説いた評論家である。中野重治と同世代の人で親交も深く、学生時代に卒論を書く時にインタビューをしようかと考えていた人である。
一 般にレーニン主義というと暴力的なプロレタリア独裁を通じた共産主義革命を指すものと考えられており、教科書でも民衆を前に演説する姿が印象的である。しかし、レーニンは1921年のコミンテルン大会の最中に、「われわれの唯一の戦術は、より強く、だからより賢明に、より思慮深く、より日和見主義的になることだ」と述べたという。つまり社会民主主義(修正主義)的な手法をとることを密かに提案したという。しかし、そうしたレーニンの考え方はスターリンには受け継がれず、ましてや日本に入ってくることはなかった。石堂氏は1921年以降の転換後のレーニンを評価すべきだとし、一党独裁ではなく、多様な運動体による市民的ヘゲモニーの確立を提唱したグラムシの思想に期待を寄せている。
また、コミンテルンの指示に従うだけのスターリニズムに毒され、「急進的な変革を熱望するあまり、変革の条件の検出と造成の代わりに、多分に空想的情熱的なカタストロフを願っていた」だけの戦前共産党に対する舌鋒は鋭い。
(戦前の)共産主義運動は個々の共産主義者の判断によって遂行される外はなくなった。ただ、党は現実には組織を形式上維持するのがなしうる唯一のことであって、拡大し、深化する侵略戦争にたいする反対運動を国民のあいだに組織する力はなかった。したがって機関誌を配布する以上の力は、個々の党員になかった。その党員が逮捕されると、ほとんどすべてのものが、党活動をやめることを誓う外に選択はなかった。それは不可能事を不可能と言っただけである。ところがそれは「変節」であり「降伏」であると当局によって宣伝された。「転向」とは共産主義者の志気をくじくため、当局が案出した官庁用語である。代替策をもたない共産主義者は、この宣伝に対抗する力を持たなかった。それが「転向」なのである。転向者が責められるべきだとすれば、自殺戦術を放棄したことについてではない。彼は代替戦術をとらなかったことにたいして責任があった。つまり、事は個人の心性にかかわる道徳の問題ではなく、反体制の、とくに、反戦の連帯行動を可能にする道を示さなかった政治の問題であった。
そして戦前戦後を通じた日本の共産党の構造的欠陥を次のように指摘する。
わが国の共産主義運動は、アジア諸国の労働運動と、戦前戦後を通じて協力体制をつくることはありませんでした。建前として国際主義をとる以上、反資本の運動を国際化すべきですが、戦前の日本の労働運動は、「インド以下的な賃金」に憤激しながら、インドの労働者と提携したことなどありません。そして戦後の総評は、「ヨーロッパ並みの賃金」を唱えましたが、そういう前に、朝鮮やインドネシア、インドシナ、フィリピンなどの労働運動と共通の目標を掲げ共通の運動をつくることをしなかったのです。いまでも、共通の綱領をもち、共通の資本と戦うという国際連帯の運動はありません。
『超英才児革命』
池田幸彦監修『超英才児革命:これがビッテ式「家庭保育園」』(株式会社コスモトゥーワン 1988)を読む。
日本学校図書館株式会社なる出版社が開発したドーマン法をベースにした「ビッテ式家庭保育園」の教材によって、IQ(知能指数)が180以上の超天才児が続々誕生したという。その内容の詳細はこの手の本にありがちであまり詳らかにされない。端的な情報を総合するに、3歳までにでき上がってしまうという脳に、ゼロ歳児から絵本や積み木、カードを用いてできるだけ刺激を与え、右脳と左脳の両方を活性化し、情報処理能力を高め、IQのみならずEQ(心の指数)をも高めようとする人間成長プログラムであるらしい。
絵本の読み聞かせや抱くことの利点など所々頷く所も多いのだが、?が付いてしまうような実例が多すぎる。そもそもドーマン法とは、「脳の問題を解決することで全ての障害を解決できる」と障害児のリハビリに従事していたグレン・ドーマン博士の理論に依拠するものである。このドーマン博士の考え方には賛否両論あり、この手の幼児能力開発もプラス面だけでなくマイナス面も押さえておかねばならないであろう。
こうした本を性懲りもなく手に取ってしまう自分に嫌気がさしてしまう。
初級システムアドミニストレータ
先日、初級システムアドミニストレータの試験の申し込みをした。単なる基礎的なパソコンの知識を試す試験だろうと気軽な気持ちで申し込んだのだが、いざ問題集をやってみるとなかなか手応えのある問題が多いので戦いている。コンピュータの基礎やネットワーク技術の基本は簡単なのだが、データベースやSQL、経営工学的な視点からの問題に手を焼いている。本試験は10月中旬なので、今月には試験の概要を把握しようと思う。
今日の東京新聞
昨日の小泉総理の靖国参拝について、今日の東京新聞に識者のコメントが寄せられていた。その中で、東大大学院教授姜尚中と並んで新右翼団体「一水会」顧問で評論家の鈴木邦男氏のコメントが興味深かった。鈴木氏ならではのひねくれた視点からのストレートな意見が大変分かりやすい。確かに「英霊」の立場に立てば、参拝されることで日本が孤立化していくのは強烈な皮肉でしかないだろう。
靖国神社は「靖国の英霊たちはアジアが西欧列強に脅かされる中で、アジアの平和のために戦った」と説明しているが、それを前提にすれば、英霊たちの願いはアジアの平和であるはずだ。ところが、小泉首相の参拝が原因で、中国、韓国など近隣諸国との関係がきな臭くなっている。英霊たちが最も恐れているのは、靖国神社が戦争に向う時の理論的武器になることではないか。明治の政治家なら参拝を一、二回やめても、その間に訪問し、説得や交渉をできる政治力があった。今は交渉したり、譲り合ったり、手を探すということがまったくなく、国民から「毅然としている」「戦っている」という評価を得たいだけになっている気がする。
□ 鈴木邦男をぶっとばせ! オフィシャルウェブサイト □
