本日、仕事の帰りに2年ぶりくらいにパチンコへ寄ってみた。ちょっと20分くらい時間を潰すつもりが、7連チャンくらい大当たりが続いて、結局2時間近く騒音の中で過ごした。投資金額の4倍近い額のお金が返ってきた。生涯の数少ないパチンコ経験でも最高の勝ちであった。
また、大当たりするとステレオできれいな音で『残酷な天使のテーゼ』や『魂のルフラン』が流れるので、かつてのエヴァンゲリオンマニアとしては気持ちよいストレス解消であった。これに味をしめてハマらないようにしたい。「勝って兜の緒を締めよ」ということか(笑)
投稿者「heavysnow」のアーカイブ
『ゲームクリエータになるには』
夏の9冊目
西村翠『ゲームクリエータになるには』(ペリカン社 2000)を読む。
高校生によく読まれる同シリーズであるが、様々な職業を紹介するだけでなく、年収や将来性、また夢の実現に向けた進学先の情報まで分かりやすく教えてくれる良書である。
この本では、特にアーケードゲームや初期パソコンのピコピコゲームから、ファミコンを経てプレステ2の映画と見紛うような一大世界に至るまで、ゲームの発展に伴って業界も大きく様変わりした点に紙幅を費やしていた。昔は一人のクリエータがしこしこ画面に向かって作っていたが、現在では、分業や外注などチームワークで作り上げていく体制に変わり、コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力が重んじられるようになった。また安定した雇用環境という確固たる地位を得た業界ではないので、5年後10年後に向けて常に勉強し、自己研鑽を深め、体力や生活習慣を疎かにせず、様々な制約があろうと自分の夢や目標を忘れないことの大切さを説く。クリエイティブで職人気質的な孤独な業種であろうと、社会人としての常識と熱意が問われるのである。
『夜光虫』
夏の8冊目
馳星周『夜光虫』(角川書店 1998)を読む。
台湾プロ野球を舞台にしたヤクザの八百長賭博に巻き込まれ、心の衝動に赴くまま殺人や暴力行為に手を染め、破滅していく元日本プロ野球の投手の姿を描く、長編サスペンスである。暴力とセックスという男の破壊衝動を極めてストレートに描きながら、家族愛や純愛を信じようとするハードボイルド的な要素もあり、かなり読みごたえのある分量であったが一気に読んでしまった。おそらく女性が読んでも不快感を抱くだけの作品であろう。
『石油神話』
夏の7冊目?
藤和彦『石油神話:時代は天然ガスへ』(文春新書 2001)の第1章だけを読む。
最近またガソリンの値段が上がり、来月より大幅な値上げがあるというニュースに接し、手に取ってみた。しかし、新書にも関わらず、経済産業省のエネルギー白書でも読んでいるような理路整然とした文章で、読むのに疲れてしまった。
要はOPECが石油市場を支配しているとか、メジャーが石油の価格をコントロールしているとか、石油そのものがすでに枯渇の秒読みに入ったといった「石油神話」は既に崩壊していると著者は述べる。そして石油は国家の「戦略商品」から、株式市場において先物取引やリスクヘッジなどの「金融商品」になってしまっているのが現状である。著者は石油の安定供給を目指すには、国家お任せでは無く、エネルギー市場の自由化や経済のグローバル化、規制緩和の流れの中で、商品としての石油の行方を見定め、やがては天然ガスにシフトを移していく方策を模索していくべきだと説く。
『「殺すな」と「共生」:大震災とともに考える』
夏の6冊目
小田実『「殺すな」と「共生」:大震災とともに考える』(岩波ジュニア新書 1995)を読む。
本日の東京新聞夕刊に著者である小田氏の訃報が載った。小田氏は東大大学院を経て、ハーバード大学院に留学し、後にヨーロッパやアジアを無銭旅行した体験記『何でも見てやろう』が空前のベストセラーになり、65年には「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」を結成し、ベトナム反戦運動を展開し、後に憲法改正に反対する「9条の会」を結成する。また、95年には阪神大震災で被災したことから、被災者支援法制定を訴える運動を展開するなど、その人生はバラエティに富み、生涯反権力、市民運動を貫いた闘士である。
この著書では、阪神大震災での被災経験から、政治的に利用される「ボランティア」の危険性や行政の不備を糊塗する「危機管理」といった事柄へ疑問を呈し、そうしたデタラメがまかり通ってしまう日本社会そのものへの批判を読者に投げかける。少々古い本であるが、小田氏の主張がコンパクトにまとまっている良書である。
日本が敗戦によって植民地をすべて失ったことは、民主主義と平和主義の結合とあいまって、民主主義—それも理想的な民主主義の土台を得たことになります。しかし、それはあくまで土台でした。民主主義にしても、平和主義にしても、人びとのたえまない努力—ときには「たたかい」という激しいかたちをとる努力によってのみしか実現できないものだからです。


