『宣戦布告』

麻生幾『宣戦布告』(講談社 1998)を読む。
北朝鮮のスパイ11名が敦賀半島に潜入してきたという架空の状況に直面して、日本の内閣や警察、自衛隊がどのように動くのかを緻密にシュミレートしたフィクションである。しかし、実際に自衛隊や公安との付き合いも深い著者ならではの作品に仕上がっていて、極限状態では自衛隊のシビリアンコントロールは全く意味をなさないことや、警察と自衛隊の共同歩調の難しさ、アメリカのご都合を伺うだけの内閣の意志決定力不足など、実際に戦争になった際の日本国家としての態勢の決定的な不備を鋭く突いている。朝鮮有事を想定した日米安保やそれを有効に実施するための一連の日米ガイドライン関連法案が、逆に自衛隊の動きを封じ込め、軍事力の前には無防備な警察官を無残な死に至らしめると著者は指摘する。
残念なことに、北朝鮮は金正日の意のままに動く軍事国家であり、北朝鮮兵は洗脳された殺戮集団であるといった一方的な描き方がなされている。そのため、そうした北朝鮮の侵略に際して、平和を基調とした日本国憲法は邪魔な存在であり、有効な自衛体制をいち早く整備する必要があるという考え方に、読む側はどうしても誘導されてしまう。そうした一方的な解釈に囚われなければ、戦争における人間ドラマとして楽しめる作品である。

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