月別アーカイブ: 2022年11月

『とりあたま大学』

西原理恵子・佐藤優『とりあたま大学:世界一ブラックな授業!編』(新潮社 2015)を読む。
今回も漫画はよまず、佐藤氏のコラムだけを読む。だいぶ現在に近づいてきて、3Dプリンターやビットコイン、STAP細胞、マウンティング女子など、当時話題となった商品やネタに関するコメントがまとめられている。その中で2014年3月のクリミア議会の独立宣言が興味深かった。クリミア半島を実効支配している中で行われたクリミア議会の住民投票で、96%以上がロシアとの統合に賛成する結果が出たという内容である。そのニュースを受けて、佐藤氏は次のようにコメントする。

この事件は北方領土交渉にも影響を与える。仮にロシアが北方四島を日本に返還しても、その後、ロシア系住民が住民投票を行い、「もう一度ロシアに編入して欲しい」という主張に大多数が賛成すれば、ロシアが軍隊を進駐させ、北方領土を再奪取する可能性が排除されなくなるからだ。北方領土に日本人を移住させるための計画を早急に立てる必要がある。日本人が北方領土に住んで、ビジネスを始める仕組みを考えなくてはならない。手っ取り早く、色丹島、国後島、択捉島に洋上カジノを設置することを提案する。

ここで筆者がカジノを取り上げたのは、ロシアの役人を靡かせるツールとして大変有効だという経験則に基づくものである。カジノに行くのはロシアでも日本でも、基本的にお金持ちの会社経営者や政治家、役人、芸能関係者などである。経済が苦しいロシアに対する洋上カジノ提案は、行き詰まった日露交渉の打開策として期待できるのではないか。

『館山の記』

栗原照久『館山の記』(文芸社 2000)を読む。
自費出版だろうか、著者個人の故郷館山での子どもの頃のエピソードが綴られている。
小説の体をとっているが、特に盛り上がりもなく、淡々と著者個人の家族や友人との触れ合いが描かれる。

『ぼくは写真家になる!』

太田順一『ぼくは写真家になる!』(岩波ジュニア新書 2005)をパラパラと読む。
「ぼくは写真家」とタイトルにあるが、フレームや絞り、焦点といったカメラに関する話はほとんどなく、取材で訪れたハンセン病療養所や朝鮮文化を紹介する生野民族文化祭、阪神大震災の現場など、被写体の方たちとの語らいや、人生などが語られる。社会問題のルポルタージュとなっている。

それよりも筆者が25歳で写真学校に入るまでの学生時代の話が興味を引いた。昔懐かしい1969年の早稲田大学の様子が綴られている。三田誠広の『僕って何』や立花隆の『中核vs革マル』の世界である。

入学式のあとも大学は騒然としていて授業もなかなか始まらず、でも下宿でじっとしてもいられないので、ぼくは毎日出かけていってキャンパスをうろうろした。学生運動のなかで日本共産党系の民青と反日共系との対立があるというのは知っていた。が、反日共系のなかでも早稲田に強い勢力をもつ革マルと他のいろいろなセクト、ノンセクトが敵対していて、いわば三つ巴の争いになっているのには面食らった。
あるとき、角材や棍棒を手にしたヘルメットの学生集団を一般学生が遠巻きに取り囲んでいて、そのなかにぼくもいた。一般学生のなかには民生の活動家もまぎれ込んでいるいるようで、ときおりゲバ学生の集団に向かって怒声を放つ。やがてそれが「帰れッ、帰れッ」コールにかわったとき、ヘルメット学生がひとり前に走り出てきて、握っていた牛乳ビンを勢いよくこちらに投げつけた。(中略)
機動隊が導入された日だった。青い乱闘服が正門のところにいならび、導入を知って大勢の学生が集まってきていた。みんな興奮していて、ぼくもどうなるんだろうと人垣の最前列で見守った。ぐるぐる円をえがくようにデモをしていた一団が、向きを変え直線に進んだかと思うと、何と、ヘルメットをかぶった頭を低く落としてそのままジェラルミンの盾の列に突っ込んでいったのだ。
「え、何すんねん」
信じられない光景に、ぼくは関西弁で声にならない声を出した。やむにやまれぬ衝動なのだろうが、あまりにも無意味な玉砕行為だった。殴打のにぶい音がひびいて何人かの学生が地面に叩きつけられた。引っぱられていく女子学生の絶叫がぼくの耳にこびりついた。

『とりあたま帝国』

西原理恵子・佐藤優『とりあたま帝国:右も左も大集合!編』(新潮社 2013)を読む。
2012年初頭から2013年半ばまで「週刊新潮」に連載されたコラムがまとめられている。本日も佐藤優氏のコラムだけを読んだ。金正恩や朴槿恵大統領の就任や安倍晋三再登板などの大きなニュースだけでなく、うなぎ暴騰や熟女ブーム、牛生レバー禁止などの小さなニュースに対しても、佐藤氏は鋭いコメントを加える。ただし、北方領土交渉の進展やシリアとロシアの関係構築など、予想が外れているものも多い。

『とりあたまニュース』

西原理恵子・佐藤優『とりあたまニュース:」最強コンビ結成!編』(新潮社 2011)のコラムのみを読む。
昨日読んだ本の前のシリーズである。2009年半ばから2010年半ばに掛けてのニュースに一言申すという流れのコラムである。その中でオバマ元大統領に関する話が興味深かった。引用してみたい。

オバマ大統領は、白人と黒人、富裕者と貧困者、ゲイとストレート、民主党支持者と共和党支持者のすべてを代表する米国国家の代表であると強調する。また、米国のことを真剣に考え、行動する者がわれわれの同胞であるとオバマ氏は繰り返し述べている。

国内における差異を、国民を動員することによって解消するという動きは、20世紀初頭のイタリアにもあった。ベニト・ムッソリーニ総帥が展開したファッショ運動とオバマ大統領が展開している動員型政治は親和的だ。ヒトラーのナチズムはアーリア人種が優秀だという荒唐無稽な人種神話に基づいていた。これに対してムッソリーニのファシズムは、共産主義革命を阻止するとともに、資本主義が生み出す失業、貧困を解消しようとする運動だった。

オバマ・ブームとともに米国に新たなファシズムが台頭することを筆者は危惧する。