月別アーカイブ: 2012年2月

『時が滲む朝』

第139回芥川賞受賞作、揚逸『時が滲む朝』(文藝春秋 2008)を読む。
デビュー作が第138回の芥川賞候補に選ばれた注目の在日中国人作家であるとの宣伝文句にひかれ手に取ってみた。

1980年代末の反政府運動に参加し、退学処分を受け、世間の荒波に揉まれながらも生活の拠点を見いだそうとする浩遠と志強の二人の男たちの生きざまを追う。
1989年6月4日の天安門事件は、官僚や政府の腐敗の温床である一党独裁の打破を求める民主化運動であった。しかし、共産党の一党独裁は変わらず、中国全土が共産党主導による自由市場経済の流れに飲まれていく。

民主化の理念が自由経済の波に流されていくように、学生時代に心に熱くたぎっていた思いを生活拠点が変わっても大切にしようとする浩遠と、生活のために過去を切り捨て「前向き」に生きようとする志強の二人の生き方のすれ違いが後半浮き彫りになってくる。
やや人物の描き方が足りないが、純な学生生活と日本での拝金生活の対比も象徴的で、時代の流れと合わせて読むと印象深い作品であった。

政治や社会に翻弄される人間の内面が描かれており、1940年代のプロレタリア文学の香りを微かに感じることができた。このような作品にこそ、芥川賞を贈ってほしいと思う。

「珍企画に書店も注目」

本日の東京新聞夕刊に、「マニアック本」編集者として知られる、社会評論社の濱崎誉史朗氏の紹介コラムが掲載されていた。
濱崎氏は、自らを「珍書プロデューサー」と名乗っており、これまで『エロ語呂世界史年号』『いんちきおもちゃ大図鑑』などの奇妙な本をを世に送り出している。濱崎氏は、社員数4人の小規模な出版の強みだとも語る。

社会評論社というと、学生時代にお世話になった会社であるが、社員数が4人とは知らなかった。ホームページを見ると、実に多彩な本を刊行していることが分かる。本離れの現在、ネットに負けない本をどんどんと送り出してほしい。

社会評論社 濱崎誉史朗公式サイト ハマザキカク

「係り承け」

本日の夕方、池袋の駿台予備校で教員対象の教科指導研究会に参加してきた。古文担当の関谷浩先生の「係り承け」についての講義を受講した。

接続助詞「ば・ど・に・を・が」の前後の係り承けや引用文の処理、係り結び、確定条件、副助詞「だに」、推量の助動詞「む」など、明日の授業から早速使えるポイントばかりで大変参考になった。ただ話を聞いてメモを取っただけでは自分のものとならない。確とした自分の「技術」とするために、復習を大事にしたい。

『被差別部落の青春』

角岡伸彦『被差別部落の青春』(講談社 1999)を読む。
ちょうど今週、人権教育で同和問題を扱ったので、手に取ってみた。

著者自身が被差別部落出身ということもあり、100人以上へのインタビュー記事や、実際の食肉加工工場でのアルバイトなど、部落問題の現状を分かりやすく描いている。同和問題というと、歴史的な流れや狭山事件などの戦後の差別事件、同対法や地対法の行政の働き、そして部落問題を含めた差別の根絶という3本柱を学ぶという意味合いが強かった。この本では、部落での結婚や、部落での生活や就労、そして食肉加工工場、学校現場での同和教育の取り組みといった同和問題のメインタームを扱いながらも、部落出身者内における部落に対する意識のズレや、家族内の認識のズレ、世代のズレを丁寧に伝えようとしている。

著者は、あとがきの中で、差別の厳しさや被差別の実態ばかりを強調する悲観論と、逆に差別はすでになくなって同和行政の行き過ぎを執拗に強調する楽観論の間の現状を描いてみたいと述べている。

『ひとり日和』

第136回芥川賞受賞作、青山七恵『ひとり日和』(河出書房新社 2007)を読む。

高校を卒業してから、親戚の変わり者の吟子おばさんと奇妙な二人暮らしを始める主人公知寿の心模様が丁寧に描かれる。そして、二人暮らしの中で、知寿はアルバイトを始め、そして恋人に振られ、大人の振る舞いを知っていくことになる。一年間のモラトリアムを経て知寿は正社員となり吟子おばさんの家を卒業していく。

中盤はまったりと時間が流れていくのだが、最後は気持ちよいくらいのスピードでラストスパートしていく。最後の一節が特に印象に残った。

電車の中から見えるその景色は、書割りの写真のようにぴたりと静止している。そこにある生活の匂いや手触りを、わたしはもう親しく感じられなかった。自分が吟子さんの家に住んでいたのがどれくらい前なのか、ふとわからなくなる。ホームに出ておーいと叫んだとしても、その声があっちの庭に届くまでには何年もかかるような気がした。
発車の合図のベルが鳴って、背後で扉が閉まる。(中略)
電車は少しもスピードをゆるめずに、誰かが待つ駅へ私を運んでいく。