第139回芥川賞受賞作、揚逸『時が滲む朝』(文藝春秋 2008)を読む。
デビュー作が第138回の芥川賞候補に選ばれた注目の在日中国人作家であるとの宣伝文句にひかれ手に取ってみた。
1980年代末の反政府運動に参加し、退学処分を受け、世間の荒波に揉まれながらも生活の拠点を見いだそうとする浩遠と志強の二人の男たちの生きざまを追う。
1989年6月4日の天安門事件は、官僚や政府の腐敗の温床である一党独裁の打破を求める民主化運動であった。しかし、共産党の一党独裁は変わらず、中国全土が共産党主導による自由市場経済の流れに飲まれていく。
民主化の理念が自由経済の波に流されていくように、学生時代に心に熱くたぎっていた思いを生活拠点が変わっても大切にしようとする浩遠と、生活のために過去を切り捨て「前向き」に生きようとする志強の二人の生き方のすれ違いが後半浮き彫りになってくる。
やや人物の描き方が足りないが、純な学生生活と日本での拝金生活の対比も象徴的で、時代の流れと合わせて読むと印象深い作品であった。
政治や社会に翻弄される人間の内面が描かれており、1940年代のプロレタリア文学の香りを微かに感じることができた。このような作品にこそ、芥川賞を贈ってほしいと思う。